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20111124

[]かつて、俺たちはインターネットだった

 さてと。

 ここんとこちょっといろいろありました。真性さん(俺は昔から勝手にこう呼んでたのでこのエントリでもこう呼びますが)のホッテントリなんですけども、まあなんつーか、驚いた人が多いと思います。そのエントリ自体はもうあちこちで拡散してるのでいまさらリンクいらないと思いますが、なんていうのかあれは……いちばん多くの人が持った印象って「え、真性さんまだ書いてたの」ってあたりなんじゃないかと。そもそも俺あんまり熱心な読者でもなかったしなあ……。

 つーか、真性さん、まだ戦ってた。

 あの、敵がなんなのかわかんないけどとにかく戦ってる雰囲気っていうのは、ある時代にネットで文章書いてた人に共通のもので、かくいう俺自身がわりとそのタイプです。「おまえの敵はどこにいる?」と聞かれたら、ものすごい勢いでシャドーボクシングしながら「俺だ! 俺が敵を作った!!!」とか眦を決して答えるタイプの人。それは楽しいのか。いや、なんかこう、楽しいとか楽しくないとかじゃなく、なんかいるんすよ。敵。

 といっても、俺の場合は「そういう人だった」というのが正確なとこなんすよね。ほんと戦う相手減ったなー。つーか戦う気力なくなったなー。

 そんなわけで真性さん、まだ戦ってます。

 内容云々は別にどうでもいいです。俺くだんの女子大生とかよく知んないですし別に興味ないですし。重要なのは真性さんが「戦ってる」っていうその一事だけなんすわ。だってあの人の文章はそういうものだもの。

 今回、はからずも真性さんが日の当たる場所に出てきたわけなんですけども、びっくりしたのはブコメですね。相対化ってすげえなあと思った。なにがってさ、真性さんのテキストに対して「3行でまとめる」っていう発想が出てくること自体が、もう俺にとっては驚愕としか言いようがないです。だって真性さんだよ? まとめてどうするよ。それなんの意味もねえし。相対化ですよ。はてなでホッテントリ行くようなライフハック記事とか、それなりの視点を持った政治とか経済に対する言及記事とかですね、そういうのと真性さんが並んで語られるようになった。すげえ。真性さん特別じゃなくなった。


 というのはまあ、往時の空気を知ってる人間だから思うことなわけですよ。かつてインターネットがどんなものであったかを体感として知ってるから言えるセリフ。

 長い? そりゃときどきは長いでしょうよ。つーか長いとか短いとかどうでもいいのよ。

 スカスカ? 違うよ。趣旨がどうとかいう問題じゃないの。俺らは真性さんがロックしてる現場でその歌声を聞いてりゃいいのよ。

 マジキチ? あたりまえだろうが。狂ってナンボっすよ。絶叫なんざ悲鳴でありゃあるほどかっこいいんすよ。まともな言葉なんざいらねえよ。

 ……というのがね、俺の印象なんです。

 あの手の声が届かない人間なんていないだろうと、そんなやつはインターネットにはいるはずねえよな、という思い込みが俺にあったわけです。まあもちろん誤解だったわけですけど。

 なんかねえ、もう、すげえなあと思った。

 ああそうか、ああいう悲鳴みたいな文章を必要としない人間のほうが、もはやインターネットには多数派なんだなーと思って。普及率考えりゃあたりまえの話なんですけども。なにが「俺たちの」インターネットを破壊したのかっていったら、そりゃ人数ですわね。ふつうの人たちが増えたっていう。「俺たちの」インターネットっていびつ極まりないもので、異形の人たちが奏でるあたまおかしい音楽を、それを求める人たちが必死で追いかけてたような、そんな時代があったわけです。真性さんマジキチ扱いされてるよ。なに言ってるかわかんないらしい。絶望的な社会不適格者が社会とのあいだで起こす軋轢のぎぃぎぃという音。それが聞こえない人たちがいっぱいいるらしいよ。びっくりだね。インターネットは変わった。


 なんてさー、こんな物言いには意味ないんすよ。単に時代が、環境が変わったっていうだけの話だから。インターネットが千年王国である時代はもう終わったよ。だってネット便利だもん。みんな使うし。インフラでしょそれ。ただの道具じゃん。いまはもうツイッターとかいろいろ便利なものあるんだし、もう一人で戦うとか効率悪いこと言っててもしゃーないすよ。そんなんだったら鍵垢でえんえんと身内と馴れ合いでもしてたほうが、よっぽど孤独とか感じなくて済むでしょ。なに戦ってんすか。やめましょうよもう。

 とかいって時代に迎合した成れの果てが俺となります。

 というのが、自虐的な言いかた。

 そのときそのときで新しいものに飛びついて、自分が楽しいようにやってきて、別にそれで後悔とかないんすけどね。昔と比較すりゃいまのほうがネットの知人も多いし、日記と日記で距離感あるやりとりする必要も別にないし。TLにいるときに@飛ばしゃ一発で反応返ってくるじゃないですか。孤独じゃないですよ。楽しいに決まってるじゃないすか。

 でもねー、真性さんまだ戦ってたんだよねえ……。

 俺が脱出したつもりでいた、あのゴミだらけの部屋のスペックの低いPCの前でさ、画像ひとつ貼るだけでも回線の重さのこと心配しなきゃいけなかったようなあの時代。もうあんな筆圧の高いテキスト書く必要ないっすよ。血の滴るような、ってシロクマさんは言ってたし、現に俺自身そういうテキストの書き手だったって自覚はあるけど、いまの俺ぜんぜんそんなんじゃないっすよ。脱出してきたはずの場所を振り返ればまだそこに人がいて、呪詛のかたまりみたいな文章を叩きつけてるわけです。なにって言われたら、こりゃ後ろめたさですわな。ああ、俺、折り合いつけることに成功したんだな。うまくやってんだな。

 居心地のいい場所を探して、それなりにネットに安住して、まあ生活もうまいことこなして、それって別に悪いことじゃないです。「あの場所」で戦い続けてる真性さんが別に偉いわけでもない。

 でもさ、敗北感あるよね。罪悪感、あるよね。

 結論とか、すんごいつまんないんですよ。だってインターネットを殺したのは「普及した」っていうその事実以外にありえないんだし、俺のその敗北感やら罪悪感はなんなんですかって言ったら、そりゃあ……うまいことやって大人になったんすよ。もっというと、ネットの黎明期から……うーん2000年くらいまで? このへん俺ちょっと詳しくないんですけど、あの時代に、シロクマさんが言うような異形っぽいテキストを書いてた人たちって、世代的にはだいたい似たような人たちなわけで、それから10年経ちましたね、モラトリアムは終わりましたか、はい終わりました、いいえまだ俺はその渦中にいる、とかそんな話でしかない。

 インターネットが死んだとかだれが殺したとかそんな話ですらない。もっとありふれてクソくだらねえ話なんですよ、これは。たとえば学生運動やってた人が、10年ぶりに母校を見るような。秒速見たタイミングでこれはねえよって思いましたわー。


 あー、結論? いや別にないっすよ。

 インターネットここまで来たかあっていう。まあそれくらい。

 感傷は、まあありますわね。そっか、みんな特別じゃなくなったんだなーっていう。ヒーローいないんだね。ブコメのなかに真性さんのことを「インターネットの黒い太陽」って表現してる人いたけど、別に真性さんだけじゃないですね。俺にとってはアシュタの方とか死エロの方とか、しのぶさんや今木さんが特別な人であるように。ひょっとしたらだれかにとっては、俺もその「特別」のなかに入ってたかもしんないし。

 だから、たとえば「カレー食った」っていう一言でもいいんですよ。俺のヒーローがそれを言えば。ヒーローがふだんなにやってるかなんて知らないよ。ひょっとしたら俺がダメであるように、回線の向こうにいる人だってダメなのかもしんないけど、そんなこたーどうだっていい。どうだってよかったんです。かっこよかったんだよ。俺と似たような暗がりから出てきて声を出す人たちが。すげえかっこよかった。最低かもしんないけどかっこよかった。かっこわるくてもかっこよかった。

 いまとは比較にならないほど狭い「インターネット」とやらいう世界のなかでさ、ひょっとしたらだれかはその場所のこと肥溜めみたいな場所だとか言うかもしんないけどさ、だれがなに言おうとそんなん知るかよ。そこは俺が初めて声を上げることができた場所で、その声を聞いてくれる人がいた場所で、俺が聞きたかった声が聞けた場所なんだよ。

 いまの俺はもう、そのインターネットとやらいう場所にはいないんだけど、それを殺したのはほかならぬ俺自身だったかもしんないんだけど。

 まあ、これくらいは言っとこうかと思う。


 かつて、俺たちは、インターネットだった。