弱い文明

「弱い文明」HPと連動するブログです。 by レイランダー

Mさんのこと

2009年08月23日 | アクション
 先月末に初めて東京入管にアフシンさんの面会に行った数日後に、アフシンさんが収容される直前まで身を寄せていた、同じ在日イラン人のMさんと会って話を聞く機会があった。前の記事でも書いた、ノッポさん(様々な国から来た人たちの難民認定に取り組んでいる)や、イラン方面に詳しいジャーナリストのN氏が設けてくれた機会に誘ってもらったのである。
 待ち合わせの駅に現れたMさんは、精悍な体つきと、40歳台にしてはどこか子供っぽい、人懐こい笑顔の印象的な人だった。外の店かどこかに行って話すのかと思いきや、Mさんのアパートに真っ直ぐ案内された。 

 Mさんは埼玉のJRの駅から程近い、建設会社の寮のようなところに住んでいる。つまり、住み込みで働いているのだ。寮といっても、外観は古びた木造のアパート。その時クルマはなかったが、一階が駐車スペースらしく、工具などが雑然と置いてあり、建築現場でよく見る簡易式のトイレが据え付けてある。スペースの奥に事務所があった。
 鉄骨むき出しのグラグラする階段を上がって2階に、Mさんの部屋がある。シングルベッドと本棚とパソコンを置いたテーブルだけで一杯になってしまうくらいの部屋。足元にはたくさんの書類やペルシャ語の本が積み重なっている。
 アフシンさんと同じく、彼もまた20年近く前に日本に来て以来、難民認定や第三国への出国を目指して開かずの扉を叩き続けている。イランの反体制組織、ムジャヒディン・ハルクのサポーターである。年代もののクーラーがうなり声をあげているような部屋で、デスクトップのパソコンだけが他の調度類と不釣合いなまでに新しく立派だった。今のMさんにとって、これがどれだけ大事な「武器」であり心の支えであるか、話をしていく中でジンワリと思い知るようになったのだが。

 僕らがベッドに腰掛けると、Mさんは早速冷蔵庫から缶ビールを出して、僕らにふるまった。自身もビール好きだという。「やっぱりビールはアサヒのスーパードライだね!」と屈託のない笑顔で彼は言った。僕はアサヒ飲料の会長が嫌いなので、アサヒ製品は通常ボイコットしている──という話は、説明が難しいのでやめておき、ありがたくスーパードライをいただいた。
 ムスリムは原則飲酒できないが、Mさんは別にそれにあてつけて飲酒しているわけではない。彼が奉じる社会主義思想に照らして、たとえばマルクスの言う「宗教は民衆のアヘン」という視点をどう位置づけるのか。そんな話の展開になった時、彼がしきりに「政治レベルと哲学レベル」という言葉を使うのが面白かった。宗教は哲学の問題、イランにおけるイスラムは伝統・文化の一つ、それを政治に利用し・押し付ける権力者は唾棄すべき連中だが、文化や哲学に罪はない。そういう話だ。
 台所では、僕らが来る前から用意してあった鍋がグツグツ音を立てている。一人暮らしの長いMさんの、手製のペルシャ風スープカレーだった。鶏肉とつぶしたトマトが入っていて、ご飯にはかすかにサフランが染み込ませてあるみたい。正直、とてつもなく美味しかった。Mさん自身も含めて五人分、それ以上の量。店で食べたらいくらするのだろう。こんなものをタダでいただいて、こちらは差し入れも持ってこず。申し訳ない気持ちで一杯──と言いつつ、しっかりおかわりをもらってしまった。

 食後のデザート、これがまたすごかった。スイカ、ぶどう、バナナ、桃を大きな皿に盛って、僕ら一人一人に切り分けてくれる。
 イランを旅した人の話では、しばしばイランの一般家庭が、テーブル一杯の果物で客人を歓待する、また家族の団欒も山盛りの果物をつまみながら、という光景が見られるという。果物好きな国民、ということか。器用にスイカをくり抜き・切り分け、ぶどうを口に運びながらニコニコ話すMさんの様子に、そんな文化が一人の人間の中に凝縮されているのを見るようで、なにか感動的だった。

 食べながら、そして食後にも、Mさんはパソコンを操作しながら、僕らにイランの現政権の問題について、日本の難民認定・支援の不具合について、延々と熱くプレゼンした。そしてまた、ムジャヒディン・ハルクの政治姿勢に関するプロモートも忘れることなく。残念ながらその癖のあるしゃべり方、日本語の文法の間違い等もあり、こちらは話してくれた熱意に見合うだけ理解できたとは言い難いのだが。
 本当はそれについてちゃんと理解して、ここでフォローする記事を書けたらいいのかも知れない。だが僕にとっては、そうした政治的・法的な諸問題を論じる前に(それは元々僕には結構難しい、という面が大きいけれど)、生身の彼らが今ここ(日本)にいることの意味をヴィヴィッドに感じ取る、そこに力点を置きたくなる誘惑に勝てない。読んでくれる人に、どうしてもそうした「人間」を感じてほしいのである。

 ちょうど僕らが訪問した前日に、県内でも有名な大きな花火大会があった。Mさんの勤める会社もその設置工事を請け負ったので、当日までMさんたちは炎天下、汗だくになって仕事をしたという。会社としてはかなり大きなお金の動く、おいしい仕事だったらしい。
 僕らは検索して、その花火が早々とYouTubeにアップされているのを見つけた。Mさんのパソコンはディスプレイが大きいので、なかなか見応えがある。現場はこの同じ町だから、Mさんの部屋からもよく見えたそうだが。
 動画を見ながら、いいね、綺麗だね、とちょっぴり誇らしげに微笑むMさん。僕はたまらない気持ちになった。
 この花火を楽しんだ、何十万という近在の人たち、大人も子供も老人も、独り者も家族連れもカップルも、誰もこの花火のために流したMさんの汗を知らない。故郷を遠く離れて、国が国なら、時代が時代なら、学校の先生か何かになっていてもおかしくないインテリのMさんが、白いものの混じった胸毛をびっしょりにしながら働いていたことを、僕を含めて、知らなければ誰も想像だにしないのだ。そう、知らなければ・・・。

 前のエントリーに書いたアフシンさんは、3年前に一度強制送還が決まり、成田空港まで移送された。みずから壁に頭を打ち付けて大怪我を負ってまで、抵抗した。
 そこに、これから乗せられる飛行機(イラン航空)のパイロットが様子を見に来た。血だらけのアフシンさんは彼に向かって、「俺を見ろ──俺たちの7000年の歴史の行き着くところがこれか!」と叫んだ。
 もしもこのパイロットが政権側の人間なら、そんな言葉にも耳を貸さず、アフシンさんを引きずって来るよう指示しただろう。だがそのパイロットはアフシンさんの叫びにしばし沈黙し、「──こんな血だらけのやつを飛行機に乗せるわけにはいかない。ごめんだ」と言って、立ち去ってしまったという。飛行機はアフシンさんを置いて離陸してしまい、それで辛くもアフシンさんは難を逃れたのだ(入管のメンツは丸つぶれだったが)。
 彼はわかってくれたんだ、とアフシンさんは言う。あのパイロットはまだ洗脳されていない、まっとうな人だった、と。

 誇り高い人たちである。だが彼らは普段、そんな誇りを胸に折りたたんだまま、黙々と建設現場などで働いている。
 知らなければ仕方ない。そう、仕方ない。・・・・仕方ないって、何なのだ?
 せめて日本が「難民の地位に関する条約」に加入していながら、先進国中、難民人定数が群を抜いて少ない*、ことくらいは知っておかねば。ソマリア沖に軍艦など派遣するより、はるかに国際貢献になり、日本自身のステイタスを高めることにもつながるのに、それをやらないでいる政府は日本人の利益を阻害しているのだ、ということを。


http://www.unhcr.or.jp/ref_unhcr/higo/index.html参照。

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4 コメント

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カレーが (6さいのビーグル)
2009-08-24 01:47:57
「正直、とてつもなく美味しかった。」

嗚呼。嗚呼~。
>カレーが (レイランダー)
2009-08-24 22:43:10
食べたいですか。案内しますよ~!
ただし今度行く時は、絶対差し入れ持ってかないと。
ありがとうございました (うろこ)
2009-08-26 23:17:53
こんにちは。まだ私が今より社会的な事に無関心だった頃「強制送還」の話をちらっと聞きました。
送り返されたら「殺される」って分かっているのに、どうして送り返すの?と疑問でした。そして、「殺される可能性が高いんだから返さないだろ」と何も知らず、ばかみたいに楽観的でした。今ではそれが無知という罪なんだと分かっています。
以前、教えて頂いた「不在者達のイスラエル」を読みました。とても分かりやすくて、本当に多種多様の様が感じられました。
ありがとうございました。
>ありがとうございました (レイランダー)
2009-08-31 10:44:38
うろこさん

知らないことが罪とまでは、僕は思わないです。それを言うなら、知らせる努力が足りない方も罪ですし。
でも明らかに罪なのは、知っていながら知らないふりをしたいと思う、人の心の弱さにつけこんで、「あなたのせいじゃないことは知らなくていいんですよ」と慰める、かと思えば「知っているだけで、知ろうとしているだけで、あなたの善良さは保障されてるんですよ、素敵ですね、おめでとう」と慰める、メディアのまやかしといいますか。
なんか、社会への問題提起、行動提起に関して、「○○すればそれで済む」式の発想・感覚は全部ウソだと思います。そういうのが現実を見えなくする。

※『不在者達のイスラエル』、読んでもらって嬉しいです!

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