インタビュー:基礎的財政収支黒字は反故に=富士通総研・早川氏

基礎的財政収支黒字は反故に=富士通総研・早川氏
 11月26日、富士通総研の早川英男氏(元日銀理事)は、消費税率引き上げ時期の延期について、基礎的財政収支の黒字化目標を「反故」にする決断だったと指摘した。写真は5月撮影(2014年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 27日 ロイター] - 富士通総研の早川英男エグゼクティブフェロー(元日銀理事)は、安倍晋三首相による消費税率の10%への引き上げ時期の延期について、その後に必要な15%への引き上げも難しくし、2020年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を黒字化する財政健全化目標を「反故」にする決断だったと指摘した。
さらに、日銀の黒田東彦総裁が国債の発行額全量を買い取る追加緩和を決めた直後に増税が延期されたため、日銀の「量的・質的緩和」による国債買い入れは、財政の穴埋め(マネタイゼーション)の色彩が強くなったとし、急激な円安や資本逃避の可能性も出てきたと警告した。
早川氏は、物価が2016年にも日銀の目指す目標の2%に近づく公算が大きいとみているが、財政健全化の取り組みが遅れる結果、日銀が金融緩和を縮小方向に転換する出口戦略は「いよいよ難しくなった」と警告。「(日銀は)追加緩和に踏み切らない」との見方を示した。
早川氏の主な発言は以下の通り
──アベノミクスをどう評価するか。
「第1の矢(金融政策)は、ギャンブル・実験の色彩があったが、第2の矢(財政政策)を一緒に発動することでデフレ脱却をほぼ実現した。その意味では大きな成果。理想的には第1と第2の矢でデフレ脱却を実現し、その後主役が第3の矢(成長戦略)に移ると第2の矢が方向転換し財政健全化に向かい、条件が整えば第1の矢は撤退、とイメージしていた」
「残念ながら物価は期待インフレ率の上昇ではなく、円安効果と人手不足など供給力低下による需給ギャップ縮小で上昇した。デフレ脱却しても成長力が上がらないことが明らかになり財政再建がますます難しくなった」
──金融緩和の早期縮小によるアベノミクス「勝ち逃げ論」を主張されているが。
「成長戦略で成長力を上げるのが難しく、成長率低下で財政再建もすぐに進められないとすれば、2%の物価目標はゆっくり達成するのが望ましい。急いで達成すれば長期金利の高騰につながり得る。このため日銀は資産買い入れを縮小すべきというのが『勝ち逃げ論』だった」
──10月末の日銀追加緩和をどうみるか。
「日銀の追加緩和も危ういと言えば危うい。黒田総裁は自分で認めないだろうが、消費増税の決断の環境を整えることを意識しただろう。勝ち逃げでなく『食い逃げ』された感じだ。今回の追加緩和で発行される国債のほとんどを日銀が買うことになり、マネタイゼーションの色彩は強くなった。政府から財政健全化のコミットメントが欲しいところに消費増税が先送りされたため、マネタイゼーションとみなされやすい環境になってしまった」
──消費増税延期をどうみるか。
「そもそも消費税の先送りは短期の景気で決めるものでないが、単なる1年半の先送りであれば大した話ではない。内閣府がまとめた『中長期の経済財政に関する試算』によると消費税率を10%に引き上げても2020年度にPB黒字化は達成できず11兆円の赤字が残る」
「眼光紙背に徹すれば、2つの条件で黒字化が可能と解釈できる。成長戦略の成功による実質2%、名目3%の成長実現、もしくは2020年度までの消費税率15%への引き上げだ。しかし今回10%への引き上げが2017年4月に延期され、20年度までの15%引き上げは事実上アウト。この証文は反故だ」
「これ以外に2020年度に黒字化できる方法はない。アベノミクスが大成功してもできない目標だ。今回の増税延期は事実上『2020年度のPB黒字化も死んだ』との意味で非常に大きな先送りで、日銀の政策は本当にマネタイゼーションの色彩が強くなった」
──増税延期による日銀政策運営への影響は。
「これでいよいよ出口が難しくなった。財政への信認が確保されない中で国債の買い入れ減額や停止に踏み切れば、とんでもないことが起こる。黒田総裁は『ちゅうちょなく』と言っているが、さらなる追加緩和に踏み切る可能性はほとんどなくなった。総裁自身が『消費税引き上げを前提に追加緩和した』と言っており、明らかにはしごを外された。ここで追加緩和したら危険と十分分かっているだろう。万が一追加緩和しても審議委員の過半数が賛成しないだろう」
「市場関係者は、今回の追加緩和により日銀は物価が下がればもっと追加緩和すると勝手にみている可能性があるが、もうない。重要なポイントだ」
──マネタイゼーションの色彩が強まることで懸念される市場の反応は。
「日銀が毎月10兆円も国債を買っているため。債券市場では簡単に反乱は起きない。海外投資家はこれまで何度も日本国債を売り浴びせてきたが一度もうまくいかない。一方、日銀が国債買い入れを停止したらすべて『終わり』との状況はますますはっきりしてきた。日銀が買い入れから撤退すれば大騒ぎだ」
──景気・物価の見通しは。
「景気はそれほど心配する必要ない。消費増税後が想定より悪かったのは事実で、2014年度はマイナス成長になるが、潜在成長率がそもそも低く、マイナスになって大騒ぎする必要はない。鉱工業生産も9月はそこそこ改善しており、輸出が2カ月連続で増えたのは良い材料。1月から8月が短期的な景気後退と認定されるリスクはあるが、景気は上向いてきている」
「消費者物価指数の前年比は近く1%を割れるだろうが、しょせん原油安が理由。悲観する必要はない。原油安による物価下押しは来年末にはほぼなくなるが、円安による後押しは2016年の前半まで続く」
「物価の基調を左右するのは単位労働コストと需給ギャップ。単位労働コストは上昇しており、需給ギャップも7─9月はやや悪化するがその後は改善する。物価の上昇圧力がたまっている状態だ。原油価格下落により海外への所得流出が減少、GDPデフレータが10─12月には顕著に改善する。2015年度中に日銀の想定通り2%に達するのは難しいが、16年度には可能だ」
「しかし今の状況では、物価が本当に2%に近づくと(出口戦略を検討すべきだが無理であるため)日銀はにっちもさっちもいかなくなる。英語で言う『catch 22』(動きの取れないジレンマを示す)という状況だ」
(インタビューは11月26日に実施しました。)
*カテゴリーを追加しました。

竹本能文 編集:北松克朗※

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