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モノが売れない時代に必要なスキルとは? VMS堀田健一郎×永井展央が語るラグジュアリービジネスの未来像。

ルイ・ヴィトン、ドルチェ&ガッバーナでのVMD責任者を経て、現在はヴィジュアル・マーチャンダイジング・スタジオ(VMS)を主宰し、ワールド・モード・ホールディングス(WMH)上席執行役員である堀田健一郎氏と、同じく両ブランドでトップマネージメントを務めた永井展央氏は、ともにワインを酌み交わす旧知の仲。水モノとも言われるラグジュアリービジネスに長年従事してきた両者は、モノが売れないと嘆かれる今、そして新世代が顧客になる未来をどう見ているのか? 表参道を挟む位置にある、二人の旧職場を望む二人のなじみのワインバー、ワイン リビング シグネチャーでアートとの関係性、そしてラグジュアリービジネスの未来について語ってもらった。

お二人がよく座るというカウンター前で。(左)VMS代表取締役社長 兼 WMH上席執行役員 堀田健一郎氏(右)永井展央氏

──お二人の出会いは2005年、ドルチェ&ガッバーナでとお伺いしました。

永井 ドルチェ&ガッバーナの日本法人が立ち上がったばかりの未完成の状況の中で、ちょうど私がルイ・ヴィトンから移り、社長に就任したころでしたね。当時はとても小さいチームでしたが、ブランドを誇りに思う熱意ある人間たちが集まっていて、久しぶりに熱量の高い集団と仕事ができると、嬉しかったのを今でも覚えています。

堀田 確かに、あのころはセカンドラインのD&Gもあり、ブランドにもとても勢いがありました。私は両ブランドのVISUAL MERCHANDISIDING (以下、VM)の責任者としてドルチェ&ガッバーナに入社して、その後も永井さんがいらっしゃったルイ・ヴィトンのVMの責任者として転職し、今のVMSを起業するときにも相談にのってもらったり……本当に頭が上がりません。

永井 いやいや。ドルチェ&ガッバーナでの社歴は堀田君の方が長いので先輩だったと思います(笑)。私が代表取締役に就任した2006年は、ブランドに対する過度な人気の揺り戻しが起きて、ブランドイメージと大衆化の両立に頭を悩ませていた時期でした。堀田君のチームも朝まで試行錯誤していましたね。

堀田 そうでしたね。2006年から2012年ごろは、ドルチェ&ガッバーナだけでなく、ラグジュアリーブランド全体にとって大きな転換期となりました。

永井 日本におけるブランドビジネス黎明期が1980年代。爆発的に拡大した1990年代を経て、2000年代中盤でマーケットが成熟したんです。リーマンショックや震災により消費活動が変化したことも後押しして、ブランド品を買うということがクールではなくなってしまった、そんな時期でしたね。

数々の社長、顧問を歴任し、現在は立教大学のRSSCに通学し、アートを研究しているという永井氏。

“置けば売れる時代”から“売れない時代”へ。アートとの共存関係はなぜ必要?

──時代の変化をブランドで体感し、その後はどのような対策をされたのでしょうか。

永井 まずは一人でも多くのお客様にブランドを好きになっていただくために、ドルチェ&ガッバーナでは、“MAGIC”という施策に取り組みました。M(meet)は最初のご挨拶、A(ask)はご要望を引き出す、G(give)はその商品の情報をご提供する、I(inspire)でひらめきやアイデアを与え魅力を引き出す、C(celebration)で祝福し感謝する。これら一連のセリングセレモニーを店舗で実行していこうと。

堀田 “MAGIC”は販売員だけに当てはまる言葉ではなく全ての部門に準ずる指針で、ブランド全体の意識改革に繋がりましたよね。VMの観点でも同様です。美しさを追及していた過去のVMDが、お客様の動線と販売員の接客動線を理解した上でゾーニングを創造する。各ゾーニングでブランドがお客様にASKし、それぞれのご要望に寄り添えるようなどのお客様にも快適な売り場づくりをVMのメンバーたちが強く意識し始めたんです。クライアントファーストなこの一連の流れを「カスタマージャーニー」と表現したブランドもありました。

永井 そういったラグジュアリービジネスの構造をルイ・ヴィトンはうまく理解していて、希少性と大衆性をうまく融合させたラグジュアリーブランドならではの物作りが上手にされています。特に賞賛すべきは、スペシャルオーダーとリペアというシステム。スペシャルオーダーでは自分好みの唯一のルイ・ヴィトンを持つことができる。また、ほとんどすべての製品の部品は本社で保管されているので、修理に永久的に対応することだってできる。何十年も持てばただのモノも、“自分そのもの”のように愛着が持てる、そういったサービスを一貫して続けているのはルイ・ヴィトンたるゆえんですね。

堀田 2012年にルイ・ヴィトンに入社した際、「店内になんてアートが多いブランドなんだろう」と驚いたことを覚えています。顧客の層に合わせて設置する作品も変えていて、同じエリアに2店舗出店している場合、それぞれ飾るアートでも差別化を図っていました。

永井 昔の話ですが、一部からは「お店はミュージアムじゃない」とそういったアプローチ手段に懐疑的な時期もあったようです。ただ、村上隆氏とのコラボレーションがルイ・ヴィトンというブランドをさらに飛躍させたように、ラグジュアリーブランドとアートには高い親和性がある。互いに物語(神話や歴史)を持ち、独自性があります。一般的にそれらがないものは、プレステージと棲み分けされていますね。そして革新的であることも、どちらにも求められるでしょう。ただ、機能と品質をも兼ね備えているのはラグジュアリーブランドならではなのです。この、似て非なるところにいい化学反応が生まれる理由があるのでしょう。

堀田 僕が入社した時は、草間彌生さんのプロジェクトが始まったころでしたね。村上さんに続き、大きな話題になりました。ちょうど、コム デ ギャルソンがドーバーストリートマーケットを銀座に出店し、日本でもファッションをもう一度盛り上げようという士気が高まった時期でした。

永井 美術関係の方々は“アートの民主化”と言いますが、そういった意味ではラグジュアリーブランドと組むことのメリットは大きいでしょう。逆に、ブランド側からしても、グローバル化を進める中、アートとの協業はイメージ戦略に高い効果を持つ。先ほどの話ではないですが、“希少性と大衆性”は両者ともに求めている在り方なのでしょうから。

──VMDの観点では、時代の変化にどのような対応が求められるのでしょうか。

堀田 私が20年前にビームスの販売員をしていたころは、VMはVMDと呼ばれ、美しければ良いとされた時代でしたが、世の中の変化に伴い、お客様の視覚に訴えるVMというファンクションとアクションが、ファッション業界で大きく期待されるようになりました。わかりやすい例でいうと、2012年ごろからトップラグジュアリーブランドのほとんどが、エントランスを入ってすぐのスペースにテーブル什器を置くようになりました。トップブランドではそれまで、カウンター越しに白い手袋をした販売員が立ち、お客様がご覧になりたい商品を接客するというのが主流でしたが、テーブルに商品を陳列することで、お客様に自由に商品をご覧いただけるようになりました。

永井 業界用語ではタッチポイントやフォーカルポイントとよく言いますね。

堀田 「お客様との初めの接点」は実店舗にとって非常に重要です。そのタッチポイントの表現方法もブランドによって違いがあります。あるスポーツブランドでは「プロモーションテーブル」と呼び、戦略とリンクさせたPUSHの表現をしています。一方、あるラグジュアリーブランドでは、そのテーブルやエントランスでのディスプレイ構成をお客様への「招待状」という意味で「インビテーション」と呼び、常にウェルカムという姿勢のPULLの表現をしている。これは当時、永井さんから教わったことですが、リーマンショックや震災以降、ほとんどのブランドで“プレゼンテーション”と“コミュニケーション”というキーワードが重要になってくる、と。お客様にどんな“プレゼンテーション”で“コミュニケーション”を取りたいかで、エントランス周辺スペースで表現されるものが変わってくる。今、お店の個性はより問われる時代ですが、どのブランドも表現が似ていて、横一線に見えてしまう。本来、ファッションって個性があって、もっと楽しんでいいものですよね。

堀田氏が代表を務めるVMSではブランドの課題解決に向けたコンサルティングやディレクションのほか、VMSスキル向上のための教育や講座・講演などを行っている。

新しい世代はラグジュアリーブランドの顧客になり得るか?

永井 少し話が変わりますが、最近、とあるブランドの店長に「ECでの購買比率が高まるなかで、自分たち販売員の存在意義はどこにあるのか?」と、相談されたんです。ただ、私は彼女の不安とは反対に、今後どんどん彼女たちの販売員の力が必要とされる時代になると感じています。なぜなら、ブランドの神話や歴史を伝えることができるのは現場のみですから。

堀田 それは間違いないですね。いくら利便性の高いECの売上が店舗売上を超える時が来たとしても、“繋がり”や“信頼”、“心の機微”というものを伝えられるのは実店舗の最大の強みだと思います。ラグジュアリーブランドほどEC購買率は低く、実店舗では感情の繋がりが重視されます。我々VMも新しい創造性を持ち、店舗と連動する意識を大切にしています。

永井 EC、そしてAIが今後いくら発達しようとも、人間が生み出す“気”に勝ることはないと思うんですよね。“気がいい”という言葉がありますが、本当にその通りで、お店の雰囲気はそこにいるスタッフ全員がつくり上げるもの。そうした気のいいお店でのコミュニケーションは円滑にいきますし、ブランドのストーリーや情熱がお客様にもきちんと伝わっていく。それによる感動が熱狂的なファンを生むんです。これはECにはできないことですよ。

堀田 今改めて、実店舗の重要性に気づいておられる経営陣の方がとても多く、販売員の育成やその先のキャリアパス創出に注力する企業も増えてきましたよね。一方で、新しいお店の在り方も模索されていて、ここ数年で劇的に増えた「ポップアップストア」や「ショールーミングストア」が良い例です。どのブランドも、停滞しないために新しいコミュニケーションやコンテンツを矢継ぎ早にトライしていますね。

永井 こういった新しい店舗の在り方は、接客されるのが苦手と感じる若い世代にとって、非常に心地よいのかもしれません。

堀田 まさに課題の一つで、ジェネレーションZやミレニアルズを将来の顧客にしていかなくては、どのブランドも生き残るのが難しいかもしれません。戦略でも広告でも、それはVMでも、彼らにブランドを身近に感じさせるコミュニケーションを試みているラグジュアリーブランドが増えてきましたよね。情報過多な時代だからこそ、高い編集能力と上質なプレゼンテーションで情報の価値はさらに高まっていくと思います。

永井 例えば、スイスの某時計ブランドは年「2秒」ほど遅れると言われているけれど、その誤差が多くの若い世代をファンにしています。彼らは人間がつくるものには差が生まれるものというのを知っていて、その手作り感に愛着を感じられる世代なんですよね。スーパーで買うトマトより、自分たちで育てた方がおいしいと感じられるように。私にもその世代の息子がいますが、彼もそういった物作りの良さとかそれで社会に貢献したいとか、社会の役に立ちたいということを真正面から言える。時代は変わってきたんだなと感じます。ただ時代が変わろうとも、この世の中で高いクオリティと精神的なものが反映された物作り、店舗づくりはラグジュアリーに存在し続けるでしょう。いつかそれが買えるお財布とタイミングがきた時には、彼らはいいお客様になるでしょうね。

互いが在籍していた2社のオフィスをちょうど眺められる窓際の席で。「話の続きは次回またここでワインを飲みながらしましょう」と永井氏。

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ヴィジュアル・マーチャンダイジング・スタジオ株式会社 代表取締役社長 兼 ワールド・モード・ホールディングス株式会社上席執行役員 堀田 健一郎氏

ビームスの販売職からキャリアをスタートした後、イッセイ ミヤケの青山店店長を経て、イッセイミヤケ、ドルチェ&ガッバーナ ジャパン、ルイ・ヴィトン ジャパンでVMDの責任者を務める。2018年 ワールド・モード・ホールディングス株式会社の上席執行役員に就任し、VMD事業を立ち上げる。2019年ヴィジュアル・マーチャンダイジング・スタジオ株式会社を設立。現在は同社代表取締役社長として、マーケティング、店舗、人材をつなぐ多角的なVMDコンサルティングを行う。https://vmstudio.jp

永井 展央氏

1977年生まれ。大阪のショップスタッフを経て、メンズPR担当として上京。PR業務を行いつつビームスが実施する各コラボレーション事業やイベントの窓口として担当。洋服だけではなく周年事業やFUJI ROCK FESTIVALをはじめとした音楽やアートイベント等を手掛ける中心人物として長年業務を行っている。現在はビームス グループ全体の宣伝・販促を統括するディレクターでもあり、社内外における「ビームスの何でも屋さん」というネーミングを持つ仕掛人。

Special Thanks: WINE LIVING Signature Photos: Mizuho Takamura Interview & Text: Mio Koumura Web Direction: Mio Takahashi