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【挨拶】 金融・技術の融合と新たな成長機会 FIN/SUM(フィンサム)2019における挨拶

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2019年9月4日

はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、日本経済新聞社・金融庁共催のFIN/SUM(フィンサム)2019にお招き頂き、誠にありがとうございます。

今年のフィンサムでは、「新しい成長の源泉」がテーマとして掲げられています。経済の成長力を高めていくには、人々の潜在的なニーズを掘り起こし、人々が対価を支払っても良いと思う財やサービスをこれまで以上に提供できるかどうかが鍵を握ります。シュンペーターの言葉を借りれば、「新しい商品の創出」や「新しい市場の開拓」につながるイノベーションを企業が引き起こす必要があります。近年、フィンテックという言葉が注目を集めている背景には、もちろんIT技術が劇的に発展したことがありますが、それだけではありません。IT技術を活用してこれまで存在しなかった金融サービスを創造し、それが人々に強く需要され、人々の暮らしを変え始めたことがあると思います。

身近な例が、スマートフォンを用いた金融サービスの提供です。スマートフォンは手のひらサイズのコンピューターであり、キャッシュレス決済やインターネットバンキングを行うことができます。そして、それは単なる決済手段に止まらず、商品やサービスの情報提供・検索機能と結び付くことで、新たな需要の創造やサービスの利便性向上につながっています。スマートフォンを用いて、電車の運賃を払い、タクシーを呼び出して決済も済ませ、あるいは、欲しい商品を検索購入して、その決済も行うことができます。決済という金融サービスを様々な商業サービスと連動させることで新たな付加価値が創造されています。

銀行家の役割

ところで、シュンペーターは、その著書『経済発展の理論』において、「企業家」のイノベーションが経済発展に重要な役割を果たすことを指摘したことで知られていますが、彼は経済発展における「銀行家」の役割にも言及しています。

シュンペーターがいう創造的破壊は、まず時代の将来を見通した企業家が、新しい財サービスの創造や生産手法の導入、新しい市場や資源の開拓、新しい組織の実現を通じて、イノベーションを起こそうとするところから始まります。そして、その将来性を評価する銀行家が資金を提供し、企業家のイノベーションをサポートすることで、経済発展がもたらされると指摘しています。銀行家は、革新的な事業を創造する企業家を探し出し、最も有望な先を選別していきます。また、銀行家は、他の銀行家との競争を通じて、より効率的に能力の高い企業家を見つけ出し、利益を拡大させることができます。そうした銀行家の行動が、マクロ的に見て効率的な資金配分を実現し、経済成長を内生的に高めていきます。

ここでいう「銀行家」とは、文字通りの銀行に限定される訳ではありません。ベンチャーキャピタルのように、新興企業の事業内容やリスクに目利きのある資本家や、株式や社債など資本市場の機能も広い意味で銀行家に含まれるでしょう。そして、近年では、フィンテック企業も、シュンペーターがいうところの銀行家の役割を一部で担うようになってきています。以下では、その具体例を紹介したいと思います。

企業の決済・商流情報の利活用

私たちは、スマートフォンを用いて、様々な商業サービスと金融サービスを一括して享受できるようになったことをお話ししました。このように商業機能と金融機能が密接不可分の関係にあることは、昔も今も変わりません。かつて、銀行による与信機能は、商業手形の割引が主流であったように、商業機能に組み込まれていました。銀行は、商流情報にアクセスし、決済機能を担いつつ、与信機能を発揮してきたわけです。決済情報は商流情報から派生するものであり、その意味では商流情報の方が本源的です。顧客の商流情報を把握することで、顧客の信用状態をより深く観察することができます。

見方を変えれば、商流情報というより本源的な情報源にアクセスできるのであれば、銀行以外の主体であっても、情報生産において優位性を確保し、金融仲介機能を担うことが可能となります。近年、会計ソフトベンダーなどのフィンテック企業が、企業の商流情報や決済情報の収集・蓄積を進めています。人手不足が慢性化する中、企業が経理事務の合理化・効率化のために、会計ソフトの導入を進めていることが背景にあります。会計ソフトベンダーなどのフィンテック企業は、顧客企業の同意があれば、粒度の高い詳細な商流・決済情報を効率的かつ即時に取得することができます。また、入手したデータの分析にAIや機械学習を活用することで、顧客の信用状態の評価ができるようになってきています。フィンテック企業が、最近、商流・決済情報を活用したトランザクション・レンディングに積極的に取り組むようになっているのは、こうしたことが背景にあります。

シュンペーターの原典では、イノベーションを「新結合」という言葉で表現していますが、トランザクション・レンディングの事例は、フィンテック企業が、「企業家」として、会計情報処理と信用情報生産を、文字通り、新結合させたものといえます。この新結合は、信用評価に要するコストの引き下げや、審査期間の短縮化、モデルの精度向上を通して、効率的な融資スキームの構築を可能にします。

もっとも、フィンテック企業は、例えば十分な資金を備えているわけではなく、顧客から寄せられる資金需要への対応が課題となります。この点、金融機関は、フィンテック企業との提携を通じて資金供給をサポートすることで、これまで採算性の面で取引に至らなかった新たな顧客を開拓し、新たな成長機会を確保することもできます。こうした動きは、スタートアップ企業や小規模企業など十分な担保・保証能力を持たない企業などに事業拡大の機会をもたらします。

金融仲介機能において、情報生産機能と資金提供機能のそれぞれに比較優位を持つ主体が協力して、より優れたサービスを提供する――すなわち、フィンテック企業と銀行が一体となって「銀行家」としての役割を積極的に果たす――ことができれば、新たな成長の源泉を生み出すことになるでしょう。

おわりに

最後になりますが、日本銀行は、フィンサムがスタートした2016年に「FinTechセンター」を設立し、フィンテックの発展を支援しています。例えば、本日ご紹介した企業の決済・商流データの活用は、日本銀行が主催するFinTechフォーラムでも取り上げ、様々な関係者と議論を深めるとともに、得られた知見はウェブサイトなどを通じて広く情報発信しています。日本銀行は、今後とも、金融サービスの高度化や新たなサービスの創造が経済成長につながるよう、積極的に取り組みを続けていく考えです。

今回のフィンサムでも、金融界、テクノロジー業界をはじめ、様々な分野の方々が多数参加されていると伺っています。そこで生じる化学反応が、今年のフィンサムのテーマである「新しい成長の源泉」につながっていくことを心より祈念しております。

ご清聴ありがとうございました。