MBAホルダーら続々参入の「蔵なし日本酒」ビジネス——伝統産業だからこそ「白地が大きい」

MBAや外資系コンサルの出身者が、なぜか今、日本酒の業界に参入している。

しかも、彼らが着目したのが、蔵を持たずに醸造する「蔵なし日本酒」という新業態。実はクラフトビールと縁が深い「蔵なし」ビジネスには、大きな利点があった。

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商品を紹介する古原忠直代表取締役。造る酒は、「地元産の酒米、純米無濾過生原酒」。酒の名称は、町の名前を付け、テロワールに近いものを目指している。

蔵選ぶ基準はベンチャー投資と似ている

2015年創業の「日本酒応援団」は、全国の6県(島根、石川、大分、埼玉、岡山、新潟)の蔵で、独自の商品を仕込み、国内外へ販売している。応援団は、従業員を酒蔵に派遣するが、自社の醸造場は持たない「蔵なし」方式だ。

代表取締役の古原忠直さん(40)は、東京大学を卒業後、スタンフォード大学でMBAを取得した。三菱商事に勤めた後、東京海上キャピタルなどで日本、米国、中国でベンチャー投資や事業開発を経験してきた。自身が協業する蔵を選ぶ基準は、「この人と組みたいかどうか」。ベンチャー投資と似た感覚だ。

起業のきっかけは、 古原さんが知人から「地元で日本酒の消費が落ち、実家の蔵が本格的な造りをしていない。おやじの世代で蔵をたたむことになってしまう」といった相談を受けたことだった。

従業員は、大阪大学医学部出身者や元アプリ開発者、元自衛隊所属の女性ら異業種が集まる。 これまでと違う需要や流通のチャネルを開拓するためにも、業界の経験を問わずに採用した。

海外展開を推進するため、スタンフォード大学でMBAを学ぶ大学院生を毎年3、4人、米の収穫時期の1カ月の間インターンで受け入れてもいる。海外の人の視点で考えるためだ。

日本酒づくりにあたっては、各蔵で1〜4タンクほどを仕込み、国内のほか、アメリカ、香港、シンガポール、イギリスに出荷する。高島屋のバイヤーが酒造りに参加したり、人々を魅了するプレゼン大会として知られる「TED」の公式スポンサーになったり、大手との流通も取り付けた。

元外資コンサルの「委託醸造メーカー」

2016年1月設立の「WAKAZE」は、自称「委託醸造メーカー」。新商品を自社で開発し、山形県と千葉県の酒蔵に委託をして酒を造り、蔵元から全量買取、国内外に販売している。

WAKAZEの創業者は、稲川琢磨社長(29)。慶應大学大学院理工学研究科の修士課程を修了、在学中はパリに留学した。前職はボストンコンサルティング・グループの経営戦略コンサルタント。

稲川さんは、日本酒の味や香りに魅せられ、海外展開も見据えて起業した。当初山形県にはまったく土地勘がなかったが、創業当時、委託醸造に応じてくれる酒蔵を求め、酒造りが盛んな山形県に移住した。蔵の協力が決まり、自社ブランド「ORBIA(オルビア)」を開発・醸造できることになった。開発費用は、クラウドファンディングの「Makuake」で約430万円を集めた。

「蔵なし」の形態は、蔵からみれば、タンクの稼働率が上がる。さらに、「WAKAZEは全量買取をするので、蔵はキャッシュが入ることで安心する。蔵はリスクを取らず、新しいことができる」と稲川さんは話す。

蔵元の世代交代の時期にも重なり、「新しいことをやりたい蔵が多い。ただ、地元のお客さんが離れたら、という不安もある。そこで、WAKAZEがリスクを背負って、開発・販売している」(稲川さん)。現在は3カ所の酒蔵に委託し、5銘柄、計3万本(1本500ミリリットル)を生産。 日本、 バンコク、パリ、香港、シンガポールで出荷し、2018年から ニューヨークでの流通も決まった。

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WAKAZEのメンバー。稲川琢磨社長(中)、楽天から転職した岩井慎太郎さん(左)、山形県出身の佐藤志保さん(右)。同社は、食事とのペアリングを前提にした酒を開発する。

委託醸造は、クラフトビールの源

「蔵なし」でお酒をつくる方式は、クラフトビールとも縁が深い。

「委託醸造は(世界では)れっきとしたメーカーのあり方です。例えばアメリカのボストン・ビア・カンパニーは、委託醸造でスタートした会社。最近では、ワインの業界も委託醸造も増えています」と稲川さん。

米国Business Insiderによると、1984年創業のボストン・ビア・カンパニーは、クラフトビールの火付け役の「サミュエル・アダムス」で知られる。同社は、ハーバード大学でMBAを取得したジム・コッチ氏が創業した。

日本でも、クラフトビールの「Far Yeast Brewing」が2011年の創業時、ベルギーの醸造場に委託して事業を始め、2017年に山梨県に自社の醸造場をつくった。創業者はサイバーエージェントやオン・ザ・エッジ(後のライブドア)で働いた後、ケンブリッジ大学でMBAを取得した山田司朗さんだ。国内のワイナリーでも、空きワイナリーで醸造し、その後、自社設備を設けた例がある。

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委託醸造から始まった、クラフトビールの火付け役「ボストン・ビア・カンパニー」。

出典:ボストン・ビア・カンパニー

委託醸造は、ワイン、ビールでもスタンダードなことです。よほどの初期投資がないと醸造場は造れません。委託醸造から自社醸造というステップはビール、ワインでは当たり前にありますが、日本酒業界ではまだ事例が少ない。WAKAZEでは、それをやってしまおう、と思っています。新しい仕事を作り出そうと」(稲川さん)

2018年7〜9月にかけては、「世田谷で蔵(その他の醸造酒)をオープンさせ、酒蔵とバーを併設させたい。その次は、パリで日本酒の蔵を開きたい」(稲川さん)と意欲的だ

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WAKAZEの商品。「モノよりコト」を重視し、500ミリリットルの商品のみ造っている。

日本酒業界、伝統産業は「白地が大きい」

商品や酒造りの方針は対極にあるような日本酒応援団とWAKAZE。

なぜ、彼らは日本酒という分野に挑んだのか。共通点がある。

WAKAZEの稲川さんは「日本酒は白地が大きい。やっていないことがたくさんある、その分、できることの幅がある」と話す。

国税庁によると、清酒製造業者は2001年度は1929社あったが、2015年度は1421社まで減少、中小企業の割合は99.6%と高い。

日本酒応援団の古原さんは「古い産業であればあるほど、そして小さい事業者が多いと、(新しいことに取り組む)リソースもない」と分析する。「ビジネスの第一線の人からすると、日本酒という伝統や、日本の文化という点に惹かれながらも、もっとこういう風に(良く)できるのに、という印象があるんじゃないでしょうか」と話す。

「きちんと商品のことを伝えて、マーケティングして、販売する。そこまでの機能を持った酒蔵はないと思います。卸や酒屋ではカバーできないほど、酒蔵はあります。人口が減る中、需要や流通のチャネルを増やさないと、造り続けられない蔵が出てきてしまう」 (古原さん)

酒蔵の過渡期に向き合うMBAやコンサルといったビジネスリーダーたち。ビール業界のように、「蔵なし日本酒」業界からも、著名な若手起業家が誕生する日が来るかもしれない。

(文、撮影・木許はるみ)


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