「3DSをください」「『プチコン3号』をください」「お金はありません」 任天堂への直談判から始まった、ニンテンドー3DSを活用した授業づくりとは

 

大阪府立泉尾高等学校。大阪市大正区にある、創立90年以上を数える高校で、ニンテンドー3DSを用いたプログラミング教育が行われている。授業は3年生向けの選択科目「パソコン演習」だ。教材に相当するのが、スマイルブームが開発・販売する『プチコン3号 SmileBASIC』で、授業ではゲームのプログラムを横目で見ながら、ひたすら入力(写経)するのだという。

大阪府立泉尾高等学校
大阪府立泉尾高等学校

『プチコン3号』は2014年にニンテンドー3DSむけのダウンロードソフトとして配信されたソフトで、初心者向けプログラミング言語のBASICをもちいた開発環境が作れる。ユーザーは二画面、タッチパネル、マイク、ジャイロセンサーといった、本体機能を活かしたプログラムを自由に作成して、配布できるというものだ。しかし、BASICは1980年代に全盛を極めた言語で、「いささか時代遅れ」という評価が定着していることも事実だろう。

さらに10月4日、2年生向けの選択科目「物理基礎」で、ニンテンドー3DSを用いた公開授業が実施された。音の特性について学ぶというのがその内容で、授業には『プチコン3号』上で開発された、オシロスコープソフトが用いられた。授業を受けた15名の子供たちは、一人一台ニンテンドー3DSを使用して、音叉や自分の声をマイクにむかって入力し、画面の変化をリアルタイムに観察した。

ニンテンドー3DSで実行する、BASICで記述されたオシロスコープソフトを一人一台使用して、音の特性について学ぶ授業が行われたのは、おそらく日本でも初めてのことだ。しかも実施されたのが私立高校ではなく、ふつうの公立高校。いったい、どういう経緯で授業が実施されたのか、話を聞いた。

 

一人一台の環境で物理の授業を実施

――簡単に自己紹介をお願いします。

小林貴樹氏(以下、小林氏):
スマイルブーム代表の小林貴樹です。ゲーム業界歴30年くらいで、ずっとゲームを作っています。『プチコン3号 SmileBASIC』の開発責任者でもあります。

徳留和人氏(以下、徳留氏):
スマイルブーム側の窓口をつとめている徳留和人です。泉尾高校さんと提携して、ニンテンドー3DSと『プチコン3号』を30セット、無償でお貸し出ししています。

眞壁豊氏(以下、真壁先生):
東北文教大学で教員をしている眞壁豊です。今回『プチコン3号』用のオシロスコープソフトを開発して、授業で使ってと呼びかけていたら、泉尾高校さんに手を挙げていただきました。

大見真一氏(以下、大見先生):
泉尾高校首席の大見真一と申します。学校にニンテンドー3DSを導入して2年目です。このたびオシロスコープのソフトをご提供いただいて、授業も森井先生にやっていただいて、自分は何もやっていません。以上です。

森井辰典氏(以下、森井先生):
泉尾高校の教員で、専門は化学なんですが、今回は「物理基礎」の授業を担当しました。森井辰典です。教員経験は9年目で、本校は赴任してきて2年目になります。

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左から大見先生、森井先生、福留氏、小林氏、真壁先生

――森井先生、授業お疲れ様でした。率直にいって、100点満点で何点くらいでしたか?

森井先生:
50点いかなかったかなあ。音が題材でしたので、生徒たちが活発になればなるほど、まわりのノイズが増えていきました。そのため、やっていることと、やろうとしていることが、相反するような形になってしまいましたね。ニンテンドー3DSの操作方法についても、事前に生徒たちに理解させておけば、もう少しスムーズに授業ができたかなあと、正直に思います。

小林氏:
自分もノイズがいっぱい載っているなあと思いながら、授業を見学させていただきました。ただ、リアルタイムで波が見えている様子を、生徒達もちゃんと観察していましたよね。自分が高校生だった時は、1台のオシロスコープが教壇の上にあって、小さい画面を教室中で見るという感じでした。端末が一人1台ずつあって、手元で自分の声を確認できているという様子は、なかなかおもしろい光景だなあと思いました。

――自分も初めてああいった光景を見ました。

小林氏:
おそらくニンテンドー3DSを用いた音の波形に関する授業は、全国でも初めてだったと思うんですね。いよいよ、こうした時代になってきたんだなあと感慨深かったですね。

――大見先生は今回、授業の後方支援という立ち回りでしたが……?

大見先生:
僕が「こんなのあるけど、やる?」と言ったら、森井先生が「やる」と言ってくれたので、それがすべてですね。これが何かのキッカケになって、次のステップに行ければ良いなと思っています。けっして今回の授業がゴールではないですし。次も何かおもしろいことがしたいですね。

――教育工学の専門家として、今回の授業はいかがでしたか?

眞壁先生:
今回は学校教育に特化したオシロスコープ開発に集中して、そのオシロスコープの授業への活用については森井先生にお任せしました。おもしろい教材を作って、それを教室に持ち込んだら、どうなるのかなあという感じだったんです。研究者としては片手落ちじゃないかと突っ込まれるかもしれませんけどね。

――いえいえ、それだけでも意義があったかと思います。

眞壁先生:
授業の中盤くらいから生徒達が自分で声を出しはじめて、リアルタイムに表示される波形について驚いたのか、感心したのかわかりませんが、反応してくれた子が何名いたので、そこは狙い通りでした。それから素直に、寝ている生徒がいなかったのはありがたかったですね。もちろん森井先生の授業運びであったり、そもそも選択科目だったということで、生徒のやる気が違ったのかもしれませんが。でも、「ニンテンドー3DSを使って『物理基礎』の授業を行った」という事例ができたのが、個人的には一番良かったところでした。

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オシロスコープソフトを用いた授業の模様

――なにか課題は感じられましたか?

眞壁先生:
実際にどんな風に使われるか、授業をやってみるまでわからなかったので、オシロスコープソフトにはいろんな機能を盛り込んでおいたんですよ。たとえば内蔵音源を発信器として使うだけでなく、BGMも鳴るようにしていたんですね。でも、それによって波の周期性がわかりにくくなってしまったんじゃないかと反省しました。

――なるほど。

眞壁先生:
教育でこういった教材を使う時は、一般的にさまざまな機能制限をかけるんですよ。たとえば学校のコンピュータ室に導入されているPCには、先生の話に集中してもらいたい時などに、マウスやキーボードを一時的にロックするプログラムが、たいていインストールされているんですね。学習教材に用いるソフトも同様で、カリキュラムにそって機能が最適化されています。

――たしかに、授業にBGMは不要ですしね。

眞壁先生:
自分が作ったオシロスコープソフトはそのような形にはしませんでした。そのため、中には横道にそれるような使い方をしていた生徒もいたと思います。ただ、それは生徒たちが興味を持って、主体的に使ってくれたことの裏返しだともいえます。もちろん50分でどれだけ単元の本質に迫れたかについては、いろいろ課題もあったかと思います。ただ、こちらが教えた以上の機能を使ってくれた生徒がいたことに対しては、素直に感謝の気持ちでいっぱいですね。

――森井先生、「授業の狙い」については、どれくらい達成できましたか?

森井先生:
生徒が画面をリアルタイムで見て、波形を観察する環境が作れたので、ある程度のところは達成できたのではないでしょうか。 特に音の三要素である「大きさ」「高さ」「音色」については、画面上の波形をみながら直感的に理解してもらえたと思います。生徒達からも「周波数」「波長」など、知っている単語が発言としてでてきましたしね。ただ、二つの音を重ね合わせると発生する「うなり」の現象を観察してもらうには、ちょっと画面が小さすぎたかもしれません。

――とはいえ、一人一台という環境は良かったということですね。

森井先生:
そうですね。ただ欲を言えば、生徒同士で画面を共有できると、もっと良かったですね。たとえば、特定の生徒の画面を他の全員の生徒の3DSで表示させたり、教壇に設置した大型のモニターに映して比較できるようにしたり、といった機能です。

――なるほど。さっそく小林さんがメモを走らせはじめて、仕事モードに入りましたよ。

小林氏:
現場からの貴重なフィードバックで参考になります(笑)。でも、たしかに教材として使うのであれば、そういった機能が必須になりますね。

――先んじて導入されていた『ニンテンドーDS教室』では、そうした機能はありましたか?

大見先生:
それに似た機能はありました。電子黒板やプロジェクターなどに、生徒の画面を全部まとめて一覧表示させるなどです。

――こんなふうに、実際に使ってみるとわかってくることが、他にもたくさんありそうですね。

 

任天堂への直談判からすべてがスタート

泉尾高校首席の大見先生
泉尾高校首席の大見先生

――さて、この記事を読まれている読者には、なぜ泉尾高校にニンテンドー3DSと『プチコン3号』が導入されているか、わからないと思います。そのあたりの経緯について簡単に説明をお願いできますか?

大見先生:
先ほども話に出た『ニンテンドーDS教室』が2009年に泉尾高校へ入ってきたんです。大阪府下で2校だけで、たまたま泉尾高校はそのうちの1つでした。それで4年前に僕が本校に赴任してきたとき、当時の教頭から「もっと活用したい、なんとか手がなにか」と依頼されたんです。そんな時にネットで『プチコン3号』という記事を見て、おもしろいなと思いまして。シャープの担当者経由で任天堂本社に「ニンテンドー3DSをください」「『プチコン3号』をください」「お金はありません」と頼みにいきました。

――それはすごい話ですね。

大見先生:
授業で生徒に実際に触らせて、プログラミングをさせるのに最適だと思ったんです。そうしたら、その時の任天堂の担当者が「とりあえず話だけは伺っておきます」と言ってくださったんですね。こちらも無理を承知で行きましたので、そのまま忘れかけていたんですが、ある時に「『プチコン3号』を作っているスマイルブームに話をしたら、興味があると言われている」とメールをもらいまして。「会います」と返事をしたのがきっかけです。

小林氏:
もともと、その担当者の方が昔から弊社とお付き合いのある方で。何かのついでに、そういったメールをいただきまして。それで徳留に話をして。

徳留氏:
最初は「嘘やろ」と思いました。新手の詐欺か何かかなと(笑)。

 

――それはまた、なんででしょう?(笑)。

徳留氏:
公立の学校に民間企業の製品やサービスが入るということが、想像もつかなかったんですね。こちらからアプローチしても、普通は門前払いじゃないですか。それで、本当にそんな学校があるのか、いったいどんな先生が担当されているのか、自分の目で見てから判断させていただこうと。

大見先生:
最初は眉唾モノだったんですね(笑)。

徳留氏:
そもそも、こっちが信じたくなくなる要素が満載だったんですよ。「すでに『ニンテンドーDS教室』が入っていて、ニンテンドーDSであれば機材がある」だとか。でも、美味しそうな話が途中でだんだん変わっていって、最終的に駄目になることって、ままあるじゃないですか。

――たしかにそうですね。それで、実際に徳留さんが学校に来られて、大見先生と話をされて。

徳留氏:
これは本気だなと。それで会社としても本腰をいれて、ニンテンドー3DSと『プチコン3号』を30セット、無償提供することを決めまして、契約書も用意しまして。そうしたら思わぬ事態が……。

大見先生:
最初は徳留さんと「3年生の選択科目の『パソコン演習』の授業で使います」「ゲームのプログラムを作らせます」などと話して、トントン拍子で進んでいたんですよ。ところがいきなり、3月末で前任の校長が別の学校に転任することになりまして。新しい校長次第で話がなくなる危険性が出てきたんです。先ほども徳留さんが言われたとおり「公立の学校が民間企業からニンテンドー3DSとソフトを30セット、無償貸与を受けて、授業でゲームのプログラムを作らせます」って、普通の話じゃないですからね。「お前、なにいうてんねん」と一刀両断されてもおかしくなかった。

徳留氏:
実際、年明けから1ヶ月半くらい、大見先生からメールの返事が来ませんでしたしね。「ちょっと待っててください」のまま、なしのつぶてで。契約書の草稿まで作って待っていたんですが。

小林氏:
すでにニンテンドー3DSも30台購入していました。なんとか安く手には入らないか、いろんなところにお願いしましたが、駄目でした(笑)。

大見先生:
徳留さんに「人事異動はいかんともしがたくて、校長次第で話がひっくり返るかもしれません。その時はごめんなさい」とメールを書いてすぐに、今の校長に話をしたんですよ。そうしたら「やれ」「無料やろ」「なにか問題があるんか」と即答されて、拍子抜けしました。

――それはよかったですね。

大見先生:
そこからスタートしたので、春からの授業には間に合いませんでしたが、2015年秋の3年生の選択科目「パソコン演習」から、プログラミング教育に導入しています。生徒たちがみんな、ニンテンドー3DSに向かってプログラムの「写経」をしています。

小林:
写経、すなわちプログラムを書き写すことですね。それが基本だと思います。

 

次: いかに生徒の心に爪痕を残せるか


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1971年生まれ。関西大学社会学部卒。「ゲーム批評」(マイクロマガジン社刊)編集長などを経てフリーランスのゲームジャーナリスト。GDC、E3をはじめ、国内外のゲームイベントへの取材・レビュー・インタビュー記事、書籍執筆、講演など、幅広く活動している。NPO法人IGDA日本名誉理事・事務スタッフ。主な書籍に「ゲーム開発者が知るべき97のこと②」(編著)がある。