コラム:TPP撤退でトランプ大統領が語らなかったこと

コラム:TPP撤退でトランプ大統領が語らなかったこと
 1月26日、トランプ米大統領は彼の主要な選挙公約の1つを守った。それは環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退を決断したことだ。写真は23日、ホワイトハウスの執務室でTPP離脱についての大統領令に署名したトランプ大統領(2017年 ロイター/Kevin Lamarque)
Robert Boxwell
[26日 ロイター] - トランプ米大統領は23日、彼の主要な選挙公約の1つを守った。それは環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退だ。
この決断による予期せぬ影響が懸念されており、TPP撤退が米国労働者を救うかどうかはさておき、大統領が何をやろうとしているのか、より多くの人々に、もっと丁寧に説明できていれば、この地域における米国の立場という点でプラスになるだろう。
筆者は25年にわたってアジアで生活し、働いている。現在見受けられる米国への不安感はよく分かる。人々は、何が起きようとしているのか知りたがっているのだ。
大統領就任後、初めての月曜日を迎えたトランプ氏は執務室のデスクに座っていた。後ろにはペンス副大統領をはじめ、バノン首席戦略官、プリーバス大統領首席補佐官、今回新設した「国家通商会議」を率いるピーター・ナバロ氏らが控えている。
ナバロ氏がここにいるのは、ちぐはぐに見える。というのも、カリフォルニア大学の経済学者だったナバロ氏が高名を得たのは、中国政府が米国に与える脅威について米国民に警告を発したことによるものだ。TPPには知的財産権の保護、環境や労働条件が定められており、中国は実質的にこの協定から排除されている。
TPPに参加すれば、中国の製造企業はTPP加盟国が払っている費用と同じ負担を強いられることになり、これは中国政府が望んでいない状況だからだ(中国のTPP参加は常に歓迎されているが)。トランプ大統領はもちろん承知しているだろうが、米国が離脱すればTPPは成立せず、したがってTPPがもたらす公平な競争条件も失われることになり、中国政府にとっては好都合となる。
革製の書類フォルダーを手にしたプリーバス氏が前に出た。「ではさっそく、3件の覚書に署名しよう。最初は、TPPからの米国の撤退に関するものだ」
トランプ氏はペンに手を伸ばし、プリーバス氏からフォルダーを受け取った。最高責任者らしく文面にざっと目を通すと、首を傾げ、前にいる記者たちを眺め、顎をわずかに突き出して言った。「これが何を意味するかは皆分かるだろう。以前からずっと話していたことだ」
署名を終えた大統領は、「オーケー」と言い、カメラに映るように書類をかざした。トランプ氏のように目立つサインをするのであれば、筆者だってそれを見せようとするだろう。最後に大統領は、「米国の労働者にとって素晴らしいことだ、今私たちがやったのは」と結んだ。
事の顛末は以上だ。
問題は、これが何を意味するのか、実はだれも知らないということだ。トランプ氏はTPPについて「米国の製造業にとっての致命傷」と表現していたが、では米国が撤退した今、それに代わる何を用意しているのか、彼は多くを語っていない。
米国の変化について中国政府を悩ませるのがトランプ氏の狙いのようで、それには多くのメリットがあるだろうが、TPP交渉に参加していた他の11カ国を同じように悩ませても、これといって得るものはない。TPP交渉には米国にとって最も親しい同盟国でもある、オーストラリア、カナダ、日本やニュージーランドが参加していたし、それ以外の交渉参加国もすべて友好国である。
米国がTPP撤退というトランプ氏の決断に賛同するとしても、「素晴らしいこと」を実現するまでには、これから多大な努力が必要になる。エコノミストとメディアは、海外に流出した雇用は国内には戻ってこないし、戻ってくるとしても、そのほとんどはロボットが担うだろう、と主張している。この主張には幾分かの真実が含まれている。とはいえ筆者は、米国企業が負けた方がいいとは決して思わない。
先日、プライベートエクイティファンドに勤めていた友人は筆者に対し、彼の同業者が国内企業を買収して人件費の安い海外に生産拠点を移転させたことに文句を言い、「国内でモノを作るべきだ」と語った。彼はあらゆるモノをすべて国内で作るべきだとは言わなかった。だが、プライベートエクイティ業界やその同類である投資銀行関係者を富ませるために、米製造基盤の空洞化を招くことは、この国にとって決してよいことではない。
たとえば、中国は世界一低いコストで鉄鋼を製造できるかもしれない。だが、どこの政府がこの戦略的に重要な産業を中国政府に譲り渡すだろうか。
トランプ政権が貿易関連政策を具体化するなかで、単にライバルの競争力を弱めるために関税を引き上げるだけではなく、適切な政策が政府から打ち出されるのであれば、米国企業はきっと課題に立ち向かうだろう。しかし米国企業は、新政権の通商政策がどのようなものになるのかを知る必要がある。不確実性があれば企業は動きにくい。もちろん、世界中の同盟国や友好国にとっても同じことだ。
トランプ氏が言うべきだったこと、あるいは、実際には彼のデスクに存在しなかった文書のなかに書かれるべきだったこと、それをここに記しておこう。なぜなら、彼が語りかけるべきは、敵意を抱いた記者たちではなく、世界全体だからである。
「これに署名する前に、いくつか言っておきたいことがある。前政権とともにこの協定の交渉に参加していた同盟国や友好国が、私たちのTPP撤退に落胆することは認識している。TPPのような国際条約には政府による批准が必要だが、私たちは批准に向かおうとしていない。それは少なからず、米国の人々がTPPに好意的でないからであり、私たちは、そして私は、これを進めるわけにはいかない。私の対立候補もTPPに反対していたことを思い出していただきたい」
「私たちは太平洋地域を捨てるわけではない。日本からオーストラリア、チリ、カナダに至るまで、またその途中の各国も含め、TPP交渉参加国すべてとの関係を重視し、これら諸国との貿易を拡大し続けていく。『米国を再び偉大に』というのは、いかなる意味においても友人たちを犠牲にするものではなく、長期的なコミットメントや友好関係が後退することを意味しない。TPPはもう存在しないが、貿易は今日と同じように明日も行われるだろう」
「何度も言ってきたように、私たちは、たとえ中国が相手であっても、貿易が好きだし、喜んでやっている。私たちはただ、貿易が公正なものであることを望んでいるだけだ。
リチャード・ニクソンが中国に対して友好の手をさしのべ、それとともに貿易を通じた経済支援を提供して以来、私たちは一貫して、公正と互恵を旨としてきた。だが、中国の政権はこれまで一度もそれに報いてくれなかった。今や変化のときが来た。
中国政府はルールに従っておらず、それが、中国の富裕層が国内外の他者を犠牲にして莫大な個人資産を築くことを容易にしてきた。私たちもその一部として犠牲になってきた。わが国からの輸出には関税を課し、わが国の企業の一部に参入を禁じ、ある部門全体から外国企業を締め出し、国内で外国人が事業を経営することをますます難しくしている、そういう体制だ。
彼らは、特にテクノロジー部門や、最近ではハリウッドにおけるわが国の成功企業を買収したがるが、自国では多くの産業において、外国人による100%の出資どころか過半数株式の保有すら認めない。そのほか数十もの産業においても、直接投資を制限ないし禁止している」
「米国とその同盟国・友好国は、戦後の世界における貿易、そして数十億の人々に恩恵をもたらしてきた国際機関の設立を主導してきた。米国はそうした役割を放棄する、あるいは国際貿易を阻害する意図はまったく持っていない。わが国の貿易のあらゆる側面を精査しており、私たちのあらゆる同盟国・友好国との相互に益ある貿易と安全保障を拡大していくことを期待している」
これはツイッターへの投稿ではない。米国の同盟国・友好国が、トランプ大統領自身の口から直接聞きたがっているメッセージだ。彼は現実には、国際貿易にとって悪いことをまだ何もやっていない。ただ、大きな不安を生み出しているだけである。トランプ氏から上記のようなメッセージの発信があれば、誰にとっても有益だろう。そしてそれは、早ければ早いほど望ましいのだ。
*筆者は経営コンサルタント会社オペラ・アドバイザーズ(クアラルンプール)取締役。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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