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第11回 磯貝一さん 「ことば」のルーツを探るひと

第11回 磯貝一さん 「ことば」のルーツを探るひと

南陀楼綾繁

 古本マニアの方々に話を聞くという連載をやっていながら、いまの私自身はすっかりその世界から遠ざかっている。古書会館の即売会にもめったに行かないし、以前は毎月何冊も届いていた古書目録で注文することもない。いっぱしのコレクターになりたいという夢が潰えたぶん、真っただ中にいる人の話を客観的に面白く聴くことができるのかもしれない。

 今回登場いただく磯貝一さんは、複数の古本屋さんから「あの人に取材してほしい」と名前が上がるほどで、ツイッターでの発信も盛んだ。私も、古本関係のトークイベントで何度かお見かけしたことがある。取材を申し込むのが遅くなったのは、磯貝さんが今年4月の杉並区議会議員選挙に立候補され、忙しそうだったからだ。それにしても、古本と議員がうまく結びつかない。

「区民のスマホ利用を推進したり、中央線文士など杉並区ゆかりの作家の作品をデジタル化するなどを政策に掲げたりましたが、落選しました。ネット(ブログ)だけの活動でどれぐらい票が得られるかを実例として示したかった。供託金は戻ってきたし、いろんな体験ができたので後悔はしていません」と磯貝さんは笑う。

 1959年、父の転勤先の山口県下関市で生まれる。2歳で実家のある浅草に戻り、そこで育つ。
「父は東京外国語学校(現・東京外語大)でスペイン語やタガログ語を学び、商事会社に入りました。その上司が同じ浅草出身で外語でも先輩だった松村文雄という人で、『これからは学歴が大事だから』と父にも東大に行くことを強く勧めてくれました。この松村さんが、詩人の北村太郎です。ですから、父の本棚には松村さんの影響でパスカルやモンティーニュと並んで、北村太郎の詩集もありました」
 また、母方の祖母は、女学校で丸谷才一の母の同級生だったという。さらに母の従兄弟は丸山一郎(のちのミステリ作家・佐野洋)で、戦後食糧難ということもあり一高の友人である大岡信や日野啓三を連れて、磯貝さんの家に食事をしに来ていた。
「いまの母は記憶がぼやけているので、以前に聞いておけばよかったなと思います。父と母の知り合いに文学に関わる人がいたことが、最近になって大きな意味を持ってきました」
 磯貝さんは、丸山一郎宛の署名入りの大岡信詩集『記憶と現在』(書肆ユリイカ)を〈虔十書林〉で入手したそうだ。

幼稚園の頃は、家にある童話全集を母に読んでもらったり、雑誌『少年』で手塚治虫の『鉄腕アトム』を読んだりする。小学校に入ると、江戸川乱歩や『ナルニア国ものがたり』を読む。高学年では床屋に置いてあった貸本マンガがきっかけで、『COM』や『ガロ』を読むように。
「三筋町にあった台東区立図書館には自転車で通っていました。近所の公園には「ひかり号」という移動図書館も来てましたね。やってくると、大人も子どもも並んで本の取り合いです。古書会館の即売会みたいでした(笑)」
 近所には新刊書店が4、5店あり、上野の博物館に行くときには〈明正堂〉に寄った。古本屋にはほとんど行っていないが、1970年に二天門産業会館で第1回「浅草古書展」が開催されたときには、父に連れられて行き、『毛沢東語録』を買ってもらったという。

 磯貝さんは、ほかにも特異な読書体験をしている。詩人の谷川雁が筑豊炭鉱闘争から離れ、創設に参加した「ラボ教育センター」で、母がチューター(指導員)をしていたことから、磯貝さんも小学生で英語教育を受けた。その教材の本には文学の名作が収録されていたのだ。
「音楽付きの朗読オープンリールテープもあって、林光や武満徹らが曲を提供していました。チューター宛の機関誌『ことばの宇宙』という雑誌は読み物としても面白かったです。のちに平岡正明が編集に関わっていたと知りました」

 中学の同級生には、のちに弥生美術館の館長になる鹿野琢見の次男がいた。
「彼の父は当時弁護士で、竹久夢二のコレクターでした。家に行って、こっそりきわどい絵を見せてもらっていました(笑)」
 また、塾の先生は歌人の土屋文明の息子で、現代詩や前衛短歌を読まされた。当時はその良さがさっぱり判らなかったという。
 文京区の都立高校に通い、鷗外図書館や真砂図書館に通う。小石川図書館はレコードを貸し出していたので、ジャズやクラシックを聴いた。この頃、パンクにハマり、レコード屋めぐりをする。一方で、バタイユや澁澤龍彦を読み、名画座で洋画を観まくるという、忙しい青春期を過ごす。

 大学では日本近代思想史を専攻。小学生の数年間で、安田講堂の攻防、大阪万博、三島由紀夫の自決、あさま山荘事件など大きな出来事を見たことから、反社会的なものへシンパシーが生まれ、アナキズムに強い関心を持ったという。
「この頃、実家が浅草から西荻窪に引っ越しました。西荻は〈信愛書店〉など新刊書店が多くありました。でも、この時期はまだ古本屋には足を踏み入れていません」
 また、アメリカのアンダーグラウンド・カルチャーへの関心から、翻訳をするようになり、阿木譲が発行する『ROCK MAGAZINE』、山崎春美が編集長だった『HEAVEN』に翻訳記事を載せた。そして、勃興しつつあったパソコンにハマり、大学卒業後は繊維会社などを経て、日本ソフトバンクに入社。その後も、コンピュータ/インターネット業界で仕事を続けてきた。
「仕事が忙しかった頃は、銀座の〈イエナ〉でコンピュータ関係の洋書を買ったり、コンピュータ雑誌を読んだりするだけで、文学からは離れていました。でも、30代後半になると多少余裕が出てきたんです。その頃、西荻窪の〈森田書店〉に通うようになった。店主が私と年齢が近くて、吉行淳之介などの話をしました」

 古本屋通いを本格的に開始したのは、2011年の東日本大震災のあと。
「不安な日々が続き、死ぬ前に読んでおきたいと、未入手の絶版・品切れ本を古本屋で探しました。雑司ヶ谷・鬼子母神通りで開催された『みちくさ市』で、大学の先輩である編集者が出店しているのを見に行ったら、隣が岡崎武志さんだった。その辺りから、古本屋にも即売会にも通うようになりました。自分が知らない本に出会えることが、とにかく楽しかったんです」
 仕事柄、早くからはじめていたツイッターでも、古本のことをつぶやくようになる。古本屋と客のあいだをつなぎたいと、情報発信をしていった。

 そして5年前、大きな出来事が起こる。悪性リンパ腫が見つかったのだ。5年生存率が55パーセントと云われ、死を覚悟している。
「人生ってなんだったんだろうと考えたときに、自分には『ことば』しかないと思いました。浅草に育って、浅草のことばが身近にありました。だから、浅草出身の田村俊子や小山清が好きです。ことばと土地の関連性を考えたことから、詩の本を読むようになったんです」
 父と縁のあった北村太郎や、彼が属した『荒地』の同人の詩集から入り、現代詩の本を集めるように。約1万冊あるという蔵書のうち、半分近くが詩の本である。
「最も大切にしているのは、阿部次郎、小宮豊隆、安倍能成、森田草平の共著『影と聲』(春陽堂、明治44)です。『漱石先生へ献ず 一仝』と署名が入っています。西荻窪の〈盛林堂書房〉で100円で見つけました。今後、これを上回る掘り出し物ができたら嬉しいですね」
 2人いる娘さんは電子書籍派で、家じゅうを占めている本を「もう燃やしたい」と云われたこともあるという。「でも、家族にも価値が判るような本を残したいという気持ちはあります」と磯貝さんは云う。

 磯貝さんは今年から、ヤフオクで全額募金のチャリティ・オークションを行なっている。売れた本はYahoo!基金を通じて非営利団体に寄付され、被災地復興などの活動に利用されるという。
「古本にはこういう使いかたもあるんだと知ってもらいたくて、はじめました。チャリティということで、結構高く買ってくれます。月に10万円以上売れることもあります」
 また、国会図書館に所蔵されていない本を古本屋で見つけて、寄付(納本)したいとも語る。
「空いているピースを埋めたいという気持ちがあるんですね。先日は詩人の小野十三郎と、児童文学作家の三木澄子の本を送りました」

 選挙への立候補もそうだが、震災と病気を経てからの磯貝さんは、これまでの経験を生かして、本と社会をつなげようとしている。その根底には、「ことば」への信頼があるのだろう。

磯貝さんツイッター
https://twitter.com/ISOGAI_1

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

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