なぜ私は存在しているのか。存在しないこともできたはずなのに。なぜ人類は存在しているのか。存在しないこともできたはずなのに。なぜ生物は存在しているのか。存在しないこともできたはずなのに。なぜ地球は存在しているのか。存在しないこともできたはずなのに。なぜ宇宙は存在しているのか。存在しないこともできたはずなのに。
天文学の入門書を繙いてみると、地球の、わけても生命の存在は、ほとんど奇跡に近い出来事だということが分かってくる。ほんの少しでも条件が異なれば、生命も、人類も、私も存在しなかった。私の存在は無限を分母とする偶然によって成立している。しかしなぜそのような偶然が起こったのか。
自由論が正しいならば、未来には常に複数の可能性が開けている。歴史は無数に分岐しうる。しかし現実となりうるのは、その中の一本の枝のみである。
そうだろうか。本当に歴史は単線なのだろうか。いや仮に単線なのだとしても、その単線が並行して無数に走っている可能性はないだろうか。
俗にパラレルワールドとも呼ばれるこの多世界説はあまりにも常識から隔たっているように思われるが、それは「世界は一つ」という先入観に囚われているからかも知れない。なるほどこの世界は一つだろう。しかしこの世界とは別の、あの世界があるとすれば? 複数の世界という概念はあまりにも突飛で受け入れがたいが、それは原理上世界は一つでなければならないという固定観念、そして複数の世界を俯瞰する位置には立てないという絶対的制約による盲目的な思い込みに過ぎないのではないだろうか。
何よりもこの多世界説を受け入れるならば、私の存在、人類の存在、生命の存在、地球の存在という天文学的な偶然も容易に説明することができる。無数の世界が存在し、その中のたった一つの世界に私がいて、その世界に私が属しているのだと仮定すれば、奇跡は奇跡ではなくなる。何しろ世界は無数に存在しているのだ。その中の一つに私が存在したところで、不思議なことは何一つない。
量子論が正しければ、観測というプロセスが、電子の最終的な状態を決定することになる。観測をおこなう前、物体はありとあらゆる状態で同時に存在する。しかしそのようなことが果たしてありうるのだろうか。
一匹の猫が箱に閉じ込められているとする。箱の中には毒ガスの入ったビンがあり、ビンにはハンマーが取り付けられ、さらにそれがウランのかけらの近くに設置したガイガーカウンターにつながっている。ウラン原子の放射線崩壊が、あらかじめ予言できない純粋に量子論的な事象であることについては、異論の余地がない。ウラン原子が次の一秒間に崩壊する可能性が五十パーセントだとしよう。もし崩壊すれば、ガイガーカウンターが崩壊し、それでハンマーが作動してビンを割り、猫は死ぬ。しかし箱を開けるまで、猫の生死は分からない。さてここで箱を開ける。箱の中を覗くと観測がなされるので、波動関数が収縮し、猫の生死が分かる。しかし箱を開ける前は? われわれが見ていないからというだけで、猫が生きていると同時に死んでいるなどといったことがどうしてありうるのか? 観測したとたんに、猫がひょっこり現れるとでもいうのか?
この疑問を解決できるのが多世界解釈である。猫が生きていると同時に死んでいるという状態が、ふたつの別個の宇宙でなら可能かも知れない。片方の宇宙では猫は死んでいるが、もう片方の宇宙では猫は生きているのだ。それどころか、どの量子論的な転機においても宇宙はふたつに分かれ、果てしなく分岐し続ける。このシナリオではあらゆる宇宙が存在可能で、どれも等しく現実だ。
スティーヴン・ワインバーグは、この多宇宙理論をラジオにたとえている。われわれの身の回りには複数の放送局から発信された無数の電波が飛び交っている。しかしわれわれはその中の一つしか受信することができない。この宇宙も同じである。複数の宇宙が――ほんの目と鼻の先に――並列して存在している。しかしわれわれはその中の一つしか生きることができず、他の宇宙は互いに干渉することがない。別の宇宙では、地球は存在していなかった。別の宇宙では、生命は存在していなかった。別の宇宙では、人類は存在していなかった。別の宇宙では、私は存在していなかった。私はたまたま地球が存在し、たまたま生命が存在し、たまたま地球が存在し、たまたま私が存在していた宇宙に、たまたま存在しているだけだ。要するにそれは確率の問題なのである。
かつてニュートンの万有引力の法則が、地球のみならず宇宙の神秘を解き明かしたかのように思われた。ところがアインシュタインの相対性理論が、それまでの物理学を根底から覆した。ニュートンにとって時間と空間は、その中に全ての物質が内包される無限かつ等質な容器であった。しかしアインシュタインは、時間と空間が物質の状態によってゆがむことを証明した。光の速度で光を見ても光が止まって見えないのは、光の速度で動く観測者にとっては時間の速度が遅くなるからである。すなわち物体が光速に近づくと、時間の歩みは減速して静止に向かうため、光速の壁を破ることができない。宇宙における空間と時間は、地球におけるそれとは異なりゆがんでいることをアインシュタインは予測し、1919年の日食で行われた有名な実験でそれが証明された。
しかしアインシュタインは宇宙の未来を予測できなかった。アインシュタインにとって宇宙は静的なものだと思われていた。ところがハッブル・ガモフ・ホイルの三人による三様の理論からビッグバン説が生まれ、宇宙には始まりと終わりがあることが分かってきた。宇宙が動的なものであり膨張しているのであれば、その膨張が始まった時点があるはずであり、さらに膨張が終わる時点もあるはずである。その終わり方は三種類考えられる。その一。宇宙は膨張し続け、ビッグフリーズへ向かう。その二。宇宙の膨張はやがて止まって収縮に転じ、ビッグクランチ(灼熱)に至る。その三。宇宙は平坦なまま永久に膨張し続ける。
そのいずれの場合でも知的生命体が、すなわち人類が生き残る可能性を追求する第三部は、悲愴も滑稽も通り越してむしろ痛快である。宇宙からの脱出! 何百億年も先の、宇宙が終焉する未来における人類の運命を案じることにいかなる意味があるのか? しかし科学者たちはその課題に大真面目に取り組んでいる。ここまでくると科学者とはリアリストなのかロマンチストなのか区別がつかない。いや両者は究極において一致するのかも知れない。
本書は難しい数式は一切使わず、SFネタも織り交ぜながら、物語を読むように楽しむことができる科学書である。「優れたガイドによる、素晴らしい宇宙ツアー」という紹介文にふさわしい、ノンフィクション・エンターテインメントとも呼ぶべき快作である。
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パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ 単行本 – 2006/1/21
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- ISBN-104140810866
- ISBN-13978-4140810866
- 出版社NHK出版
- 発売日2006/1/21
- 言語日本語
- 本の長さ477ページ
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著者からのコメント
われわれの宇宙以外にも多くの宇宙がある ー そんなSFのアイデアだったパラレルワールドの存在がいまや真剣に検討されているというのだからすごい時代になったものだ。本書は、そんな最新宇宙論の全貌を、ひも理論の権威でありながら平易な解説で定評のある著者が書き上げた、究極のエンターテインメント・サイエンス・ノンフィクションだ。タイムラドックスの説明に『ターミネーター』、宇宙を数学的情報と捉える見方には『マトリックス』など、誰もが知る映画や小説を援用しながら最新理論が次々と語られる。しかも基礎から説明が入るので背景知識はほとんど不要。そのうえ扱うテーマが、知的文明の未来、量子現象を用いたテレポート、ワームホールを通るタイムマシン、終焉を迎えた宇宙からの脱出などと、ある意味SFより面白い!(訳者・斉藤隆央:東京新聞2006年2月2日夕刊「翻訳ほりだし物」より)
出版社からのコメント
この宇宙が死滅するとき、
われわれは並行宇宙へ脱出できるだろうか?
われわれは並行宇宙へ脱出できるだろうか?
M理論と最新データによる究極の宇宙論的予言。
BBCノンフィクション賞受賞 並行宇宙の全貌が明らかになる!
登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2006/1/21)
- 発売日 : 2006/1/21
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 477ページ
- ISBN-10 : 4140810866
- ISBN-13 : 978-4140810866
- Amazon 売れ筋ランキング: - 314,631位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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2020年5月1日に日本でレビュー済み
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2016年4月24日に日本でレビュー済み
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めちゃくちゃおもろい
現実離れしてるけど今自分が実際にそこにいる宇宙のお話
この世はひもで出来てるんじゃないかっていうひも理論と
実はそのひも自体が高次元の膜の一部にすぎないんじゃないかっていうM理論
あと量子力学の奇妙な性質とかいろいろ話でてくるけどそれもすんげーおもろい
ミチオカクってこういう物理化学のおもしろい部分だけすくい取って伝える事にほんと長けてると思う
現実離れしてるけど今自分が実際にそこにいる宇宙のお話
この世はひもで出来てるんじゃないかっていうひも理論と
実はそのひも自体が高次元の膜の一部にすぎないんじゃないかっていうM理論
あと量子力学の奇妙な性質とかいろいろ話でてくるけどそれもすんげーおもろい
ミチオカクってこういう物理化学のおもしろい部分だけすくい取って伝える事にほんと長けてると思う
2017年8月18日に日本でレビュー済み
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ものすごく難しく込み入った内容を、最高に楽しい想像とともに大枠を掴みながら知ることができました。大枠がわかるからわからないことへの興味が絶えず生まれ、末尾の推薦図書にも手を出したくなる素晴らしい本でした。
2023年4月9日に日本でレビュー済み
出版当初は物理学の歴史と新たな概念を多く学んだ。特にM理論の項目は分かり易く今でも白眉。が、時代進歩は激しく、マスコミで量子コンピューター登場を報道。ネットではQFS(量子金融システム)稼働・メドベッド・タイムラインの移動・ポータル・パラレルワールドの移動・アセンション(肉体を持っての次元上昇)・スターゲイト・ノーベル賞の本質暴露(DS洗脳手段)・マンデラ効果等々が当然の如く語られる時代。これらの概念・事実は唯物論では理解不能。基盤となる量子論は意識が物を生み出すこと(影響する)が前提。本書は唯物論的視点から描かれており、それが足かせとなっている。今再読すると古典として歴史を知るには良書だが、そこを押さえておかないと迷路にはまり込む。
2015年7月21日に日本でレビュー済み
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本来、量子論や調弦理論は数式ばかりで、数学のできない者には敬遠される世界だが、数式を一つも使わず言葉で説明しようというところがすごい。ちょっと分かりにくいところもあろうが、そこはありのままの言葉を受け止めるしかない。この分野では数多くの本があるがここまで面白く書いたのは中々ないのではないか。
2016年6月1日に日本でレビュー済み
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ヒッグス粒子や重力波が観測される以前に書かれている点に注意。重力波が観測された現在でも超弦理論が証明されてはいないし、若干勇み足な表現もある。全体の2/3が現代宇宙論の網羅的な解説、1/3が宇宙の熱的死に際して他の並行宇宙への脱出を考える壮大な思考実験である。
宇宙論はわかりやすく説明されている。宇宙全体の波動関数を考えたときには観測者はいないので重ね合わせのままか? 量子力学のエベレット解釈を支持する科学者が増えているという記述だ。思考実験では理論上のあらゆる可能性を考えてみる趣向だが、人間原理の問題になると著者は宇宙を目的論的にみてロマンティストになる印象。意外に思う読者もいるだろう。しかし、これは科学に宗教を混ぜているとかトンデモ系ということではない。古来よりプラトン的数学的自然観とアリストテレス的目的論的自然観のバランスが行ったり来たりしているのだ。理論物理学は前者の精緻だが、そこから少しアリストテレス寄りに振り戻るというのは、その歴史の流れの中にいるということにすぎない。
もし万物の理論が発見されたら、その時点で著者は宇宙の目的について何というだろうか、たいへん興味深い。
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もし万物の理論が発見されたら、その時点で著者は宇宙の目的について何というだろうか、たいへん興味深い。
2015年2月23日に日本でレビュー済み
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SF好きにおすすめの一冊。わくわくしながら一気に読める。本書の初めの方で理論物理学についてわかりやすく解説されているため、理論物理学についての知識がない人でもわかりやすいと思う。