自己伝道の重要性② | 信仰生活は感謝と喜び!

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感謝、信仰、書籍の紹介、統一教会員の拉致監禁問題、自身の祝福結婚の証し、統一原理、文鮮明師自叙伝、など幅広く取り上げています。

3日前に「自己伝道の重要性」(2010年4月7日 )という記事を書きました。伝道の本質は自己伝道だと書きましたが、私たちが日々の生活においてどれだけこの自分自身を伝道しているのかと考えさせられます。


一番身近なこの自分自身を伝道することをおろそかにしがちですね。24時間接しているこの私自身のことを案外、放っておいているのかもしれません。毎日毎日私たちがどれだけ心情復活し、人格成長できているでしょうか。


私たちは、私自身を伝道すること、教育することに何よりも熱心にならないといけないですね。自分のことだけを考えるということではなくて、自分自身がまず変わることが何よりも大切だと思うのです。


文先生の有名なみ言に天宙主管の前に自己完成せよ。」がありますね。神様は人間を見本にして全宇宙を創造されたので、私たち人間は小宇宙と呼ばれます。人間は自分自身を完成することで、象徴的に小宇宙を創造したことになります。


そして、自分自身を伝道するために必要なのが、み言と祈りと実践です。これが信仰生活の3要素と言われますね。分かっていながらも、活動だけに追われてみ言や祈りを忘れがちだと思います。


今日もふとしたことで、余計なことを言ってしまったり反省させられることがありました。周りの人や環境を批判する前に、まず自分がそれを出来ているのか、それを自分に問いたいと思います。


自業自得という言葉がありますが、良いことも悪いことも全ては自分に戻ってくる。だから、他人を心配する前に自分自身を正すことが大切だと思います。どうにもできない他人を心配して、自分を正すことを怠っている気がします。


私自身もようやくスイッチが入ってきました。努力するだけでなく、具体的な証を立てられるように頑張りたいと思います。


人をさばくな、自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量りを与えられるであろう。

なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりをとりのけることができるだろう。(マタイ7章1~5)


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産経新聞に韓国の拉致監禁抗議が、産経新聞に取り上げられました。

こちらのブログからどうぞ祝福結婚を選んだ夫婦のHappy Diary