黒電話が消え去るのはいつか (前編)
NTT「マイグレーションについての考え方」を考察する米国最大の電話会社AT&Tは、高価な光ファイバーの代わりに、電話用メタル回線(VDSL2)を利用してIPTVサービスを提供している。同U-verse TVの加入者は250万人を超え、130CHを超えるHD放送を提供している。最先端サービスを既存メタル回線を利用して提供する事例として注目されている。(写真提供:米AT&T)
長く私たちに親しまれてきた黒電話が、いよいよ引退の時を迎えようとしている。
2009年12月1日、アメリカでは「オールIP網への移行」と題する意見募集が発表され、行政レベルで固定電話網(メタル回線(*1))網の清算について議論が始まった。
それを追うように、2010年8月末、日本電信電話株式会社(以下、NTT)は「マイグレーションについての考え方」と題する書類を総務省が主催するICT政策タスクフォースに提出し、アナログ電話網(*2)の清算に関する意見を表明した。
この流れを見ると、日米が歩調を合わせてメタル回線をベースにした電話網の廃止について検討しているように見える。しかし、日本のそれは"いびつな形"で議論が進んでいる。つまり、孫正義氏(ソフトバンク株式会社 社長)が主張する「光の道構想ソフトバンク案(*3)」への反論を意識して、NTTは意見表明をおこなっているからだ。
過去130年余り人々の生活を支えてきたアナログ電話網は、現在も各種通信サービスの基盤として重要な役割を担っている。メタル回線の清算は、放送を含めた通信サービスの方向性を決める重要な課題であり、その実施は10年程度の無理のないスケジュールを組むべきだろう。
にもかかわらず、日本では「家庭に来ている銅線を短期間に光ファイバーに置き換える」という短兵急な議論にすり替わろうとしている。
「光の道構想」の中で浮かび上がってきたメタル回線の清算論を分析しながら、日本が進める放送通信サービスの将来について考えてみたい。
*2 本稿のアナログ電話網とは、現在の固定電話では家庭や事務所から電話局につながるメタル回線を指す。ここはアナログだが、電話局の間を結ぶコア・ネットワークはすべてデジタル化されている。
*3 原口総務大臣の「光の道」構想において、ソフトバンクの孫正義社長は、NTT東西のアクセス部門を分離する案を提唱した。分離したアクセス事業会社は、5年で既存のメタル回線をすべて光ファイバーに置き換えるとともに、各事業者にメタル相当の料金で光アクセス網を提供する。「税金投入なし」「メタル相当の安い料金」「僻地を含めた全世帯への光ファイバー提供」が可能だとするソフトバンク案は、その信憑性について多くの議論を巻き起こしている。
着実に減っている固定電話の利用者
まず、メタル回線の現状について簡単にまとめよう。総務省の発表(*4)によれば、2010年6月末現在、加入電話(含ISDN(*5))の合計は4,237万4,000加入となっている。前年同期に比べて8.4%、前期比で2.2%の減少だ。この減少傾向は長期的なもので、過去4年半の間に、1,568万加入が減っている。
加入電話/ISDNの推移
出典:総務省発表資料
このように古いタイプの電話サービスが減ってゆく一方、DSLや同軸ケーブル、光ファイバーを使ったIP電話(*6)は徐々に増えている。2010年6月末現在、IP電話の利用数(*7)は2,371万件に達し、前年同期比で13.3%の増加となっている。1利用を1加入と単純計算するなら、固定アナログ電話減少分の約7割がIP電話に置き換わったと見ることもできる。
ちなみに携帯電話(含PHS)の加入者数は2010年6月末で1億1,759万9,000加入となり、人口普及率で92%に達している。固定電話加入者が減っている主な原因は、携帯電話へと利用者が移行しているためだ。長期的な視野にたてば、利用者が減り続けるメタル回線の電話サービスは、維持コストが高くつくため廃止しなければならないだろう。
しかし、その代わりとして携帯電話にするのか、光ファイバーなどのブロードバンドにするのか、固定電話のサービス向上は行わないのか─といった問題は経済的な要素、技術設計など様々な課題を抱えており、簡単に結論が出るものでもない。