100万人にではなく100人に伝える

2010年11月10日(水) 8:48:59

マスマーケティングは大勢の人を相手にする。
なるべく多くの人に伝えて売ることが目標である。100万人、1000万人、5000万人、1億人に伝えるためにどうすればいいか。最小の予算で効率的にそれをおこなうにはどうすればいいか。それを考え、実行していく。大きな消費者の塊に向けてのマーケティングである。そのとき最も効率がいいのがマスメディアを使うこと。具体的に言うとテレビCMが一番効率がいい。放映料は高く感じるが、リーチできる人数を考えると実は安い。そして映像のチカラもあって圧倒的に「伝わる」。

マスマーケティングにおいては「大声で叫ぶこと」が大切だ。
つまり目立つこと。インパクト強い広告を作って、消費者の「アテンション」(注意)を惹かないと、たくさん出稿される広告の中に埋もれてしまう。まず「アテンション」ありき。100万人からの人々の注意を惹き、興味を持たせ、買いたくさせるという大切な役割を広告は担っている。

でも、ソーシャルメディアの興隆とともに、「大声で叫ぶこと」が大切、という図式は壊れるだろう。

メディアの激増もあって、人々のメディア接触が分散化し、マスメディアの「大勢に伝えるチカラ」が相対的に弱まっている。人々は(行きすぎた資本主義への疑問、情報洪水、成熟市場、ロハスやエコ意識の浸透などを背景に)ソーシャルメディアによって「人と人とのつながり」という古くからあった関係性に戻ろうとしている。以前と違うのはネットが介在していること。物理的な距離、心理的な距離が消滅し、リアルタイムのコミュニケーションが可能になった上での「人と人とのつながり」だ。

そのソーシャルメディアという地平において、メーカーからの一方的なリコメンド(自社の商品を「これがいいよ!」と勧め、口説くこと)はリアリティをなくす。平たく言うと「うざくなる」。大声でアテンションを喚起された日にゃ「超ウッザッ!」である。友人のつながりの中に土足で入り込んできて自社製品を大声で言われたら反感すら抱きかねない。いや、抱く。

さて、ソーシャルメディア上で人々は「共感」でつながっている。
RTも「いいね!」ボタンも、共感しないとしない押さない。共感された情報のみ広く広まっていく。ひとりひとりの共感フィルターを通ることで、より「自分にふさわしい情報」が選別され、モニター前で読んでいるだけで様々な情報が飛び込んでくるようになる(たとえばツイッターならある程度多くのフォローをしないとこうはならないが)。つまりネットは能動から受動の場所になり、ソーシャルメディア上で知ったことをマスメディアに確かめに行く、といういままでと逆の行動も起こってくる。

この、「共感」で人々がつながったソーシャルメディアが浸透したとき、大勢の人に伝えるマスマーケティングは効くのだろうか。

大声で叫ぶことはうざがられるから、「アテンション」は効きにくくなる。100万人という塊の注意を惹いて一気に伝える、という方法は難しくなる。「共感」を得て、友人のつながりの中で自然に広がっていく方法にかえないといけないと思う。

マスメディアを使って「100万人に一気に伝える」のとは違うやり方。
それはたぶん「100人にちゃんと伝え、ファン(もしくはそれ以上)になってもらう」ことで始まるコミュニケーションだと思う。そして、その100人を基点に伝播していく。それぞれを基点に(たとえば)1万人ずつ自然に広まれば、100×1万で結果的に100万人にリーチする。そんなやり方。

マスメディアで100万人に薄く情報を流すのではなく、まず100人を濃いファン(ロイヤルカスタマー、エバンジェリスト)にする。その100人を基点に、人のつながりと共感の道筋を辿って静かに広がっていき、計100万人に伝わっていくようなコミュニケーション。

となると、100人にしっかりファンになってもらうためのマーケティングをしていかないといけない。
それがソーシャルメディア・マーケティングの勘所だと思う。どうやって、その100人のライフタイムバリューになっていくか。新規顧客を増やすのではなく、既存顧客に長く使ってもらう発想への転換。そういうのが必要になるんだろう。

いままでもマイクロマーケティングとかダイレクトマーケティングなどを含め、100人の心をしっかり掴む方法は編み出されてきた。でもそこからそれぞれ1万人とかに広めてもらう(自然に広まる)ことまでは考えられていなかったと思う。それを意識したコミュニケーションを編み出さなければいけない。

100人をしっかりファンにするマーケティング。そこから100万人、500万人、1000万人に広がっていくマーケティング。それはどんなカタチになるか。どんなコミュニケーションが必要なのか。とか。そんなことを昨日考えていた。

ちなみにマスメディアはもう一度興隆する可能性があると思う。なぜなら「共感」を紡ぐのはマスメディアの得意技だからだ。

彼らのコンテンツ制作能力はズバ抜けていて、もともと「共感」は得意分野。ちゃんとソーシャルメディアの価値を知って、使いこなした上で、彼らが「共感」を紡ぎ出したら、とっても強力なメディアとなる。まぁソーシャルメディアの肌感覚をマスメディアが身につけられるのか、という疑問は置いておいて。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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