日経サイエンス  2008年7月号

アラル海消失の教訓

P. ミックリン(西ミシガン大学) N. V. アラジン(ロシア科学アカデミー動物学研究所)

中央アジアのアラル海は1960年には世界で4番目に大きな湖だったが,2007年にはもとの大きさの10%にまで縮小した。アラル海に注ぐアム川とシル川の水を,流域の荒れ地を灌漑しようと大量に無駄に使ったことによって,湖への淡水流入が激減したためだ。

 

アラル海は縮んで,主に3つの湖が残された。うち2つは塩分濃度が高すぎて魚が消滅し,盛んだった漁業がすたれた。沿岸の街は崩壊した。かつての湖底が広く露出して乾燥,塩類と有害物質が風に飛ばされて人口密集地域に飛来し,深刻な健康問題を引き起こしている。

 

それでも,最も北にある湖は2005年に完成したダムのおかげで湖域が急速に広がり,塩分濃度がかなり下がった。魚と湿地は回復しつつあり,それとともに経済も復活の兆しを見せている。一方,南側の大きな2つの湖は,かつて水を運んできていたアム川が大幅に改良されない限り,“死の湖”になる恐れがある。改修土木工事には数百億ドルの巨費がかかり,政治的合意が難しい。

 

アラル海と同じ運命をたどり始めた湖が世界のあちこちにある。筆頭は中央アフリカのチャド湖と米カリフォルニア州南部のソルトン湖だ。アラル海の消滅と部分的再生から学んだ教訓を生かせるだろう。教訓のいくつかを以下に示す。

 

■ 自然環境は人類によって簡単に破壊されてしまうが,修復は時間がかかるうえ困難だ。自然の体系に大規模に介入する場合,計画立案者は行動を起こす前に,介入の結果を慎重に見極めなければならない。旧ソ連はこれを怠った。

■ 現時点で深刻な問題が生じていないからといって,将来も大丈夫だとは限らない。アラル海集水域では何世紀も前から広範な灌漑が行われていたが,1960年代までは湖に深刻な被害はなかった。灌漑をさらに拡張したことによって持続可能な限界点を超え,一帯の水系が破綻したのだ。

■ 環境と人間が絡んだ複雑な問題の場合,その場しのぎの解決策は要注意だ。綿花栽培を大幅に削減すればアラル海に注ぐ水量は増えるだろうが,国の経済に打撃を与え,失業を増やし,社会不安を招くだろう。持続可能な解決策に求められるのは資金と技術革新だけでなく,それ自体が政治・社会・経済の面で実際的である必要がある。

■ 自然環境は驚くほどの回復力を持っているので,希望を捨てたり環境保護の努力を怠ったりしないこと。多くの評論家がアラル海はもうだめだと見限ったが,実際にはかなりの部分が生態的に回復しつつある。

著者

Philip Micklin / Nikolay V. Aladin

過去10年間,数回にわたってアラル海で現地調査を行った。ミックリンは西ミシガン大学の地理学の名誉教授。アラジンはサンクトペテルブルクにあるロシア科学アカデミー動物学研究所で汽水研究室長を務めている。

原題名

Reclaiming the Aral Sea(SCIENTIFIC AMERICAN April 2008)

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