参考資料  マニュアルどおりにならない原発事故対応 〜パニックに陥らず、正確な情報で行動しよう〜

よしみ だいご

pdf版はこちら:
http://chechennews.org/dl/20110325_nuclear_manual_yoshimi.doc.pdf

原子力災害の実際

 1986年4月、ウクライナ(旧ソ連)でおきたチェルノブイリ原発事故はヨーロッパ全土に高濃度の汚染をもたらし、その放射能ははるか8000km離れた日本にまで達しました。また現地ウクライナでは1万人以上の人が、この事故が原因で亡くなったと最近の報道では伝えられています。チェルノブイリ原発事故のとき、外で遊んでいた子どもたちが今、急速に甲状腺障害に侵されています。正確な情報と適切な処置(屋外へ出ず、ヨウ素剤を服用する、など) をすれば、影響はこれほど深刻にならずにすんだかもしれません。阪神淡路大震災では、壊れるはずの無い高速道路やビルが倒壊しました。今回の東北地方を直撃した巨大地震(大津波)によって全く想定外の事態が生じており、高度で複雑な技術に、完璧な安全性を求めることは無理であることは明らかです。原子炉をすべて停止・廃炉にする以外に、完全な防災はありえないと思いますが、電力会社や国・自治体の防災対策があてにならない以上、私たちは自分で自分の身を守る必要があります。

万一に備えて、自分たちの防災マニュアルを持つことが必要

 放射能に対する正しい知識を身につけることが、災害のときのみならず、普段の生活において放射能を防ぐためにも大切なことです。
 放射能災害では、大量の放射能が細かなちり状になって空気に混じり降ってきます。
 目に見えず、においも無い放射能の災害は実感が伴わないので過剰かと思うくらいの対策を持つべきです。5年後10年後にガンになったりする前に、できるだけの努力はしてみましょう。放射能による被害は6〜10シーベルトで死亡、1シーベルト以上で放射線傷害、0.1シーベルト以上だと高いガンの可能性があり、0.01シーベルト以上なら将来的にガンが発生しやすくなるというのが大まかな目安です。原発から環境に放出された放射能は人々の肺に吸い込まれたり、地面に沈着して作物に取り込まれ、食物とともに体内に取り込まれたりします。地面の放射能からは直接ガンマ線を被曝し、体内の放射能からはα線β線γ線すべてを被曝することになります。短期的には半減期の短い放射能、特に甲状腺に集まって集中的にβ線γ線を浴びせるヨウ素131、長期的には筋肉に取り込まれるセシウム134と137、灰の粘膜に付着して猛烈なα線を浴びせるプルトニウム、骨に沈着してなかなか排出されないストロンチウム90などが、深刻な影響を与える放射能です。最初の数日間は揮発性のヨウ素の影響を少なくすることを、最重要に考えていく必要があります。それには、ヨウ素剤の服用が有効です。まずは揮発性のヨウ素を取り込まない努力をすることです。
 チェルノブイリスリーマイル島の事故の共通点として、迅速かつ正確な情報が行政側から得られずに、地元の住民たちが多量の放射能を浴びたことがあげられます。チェルノブイリ周辺では、最近になって白血病やガンで死ぬ人や、子供たちの甲状腺異常が急速に増えているそうです。チェルノブイリスリーマイル島の事故もそうですし、1991年の美浜2号機や、もんじゅの事故でも、公の機関は事故を秘密にし、過小評価することが傾向として現れています。一般に、電力会社や行政機関は、私たち個人の、健康や“いのち”を守ることより、秩序や統制を守ることに目が向くようです。政府発表の「安全宣言」も,あてにはなりません。私たちが自らの“いのち”を守るためには、公式発表をうのみにせずに、自分で正しく判断する必要があると思います。また、みずから情報を集めることも事故の際にはとても大切なことです。原発事故が起きると、真っ先に放射性ヨウ素が飛んできます。子どもたちが甲状腺に多量フ放射性ヨウ素を取り込む前に、ヨウ素剤を、と私たちは言ってきました。ところがなかなか薬局でもヨウ素剤が手に入りにくくなってきています。「食品と暮らしの安全」に、ヨウ素を昆布で摂る場合の目安が載っていました。「食品と暮らしの安全」によりますと、事故が起こったらすぐに昆布・とろろ昆布を一日50g食べはじめ、4日目には20gに減らすそうです。子どもはこの半分。備蓄量は一人500g。昆布は古くなると酸化しますので、エージレスか何かと一緒に密封して保管しておきます。事故の際に電力会社や行政機関の発表する公式見解は、あてにできない。原発事故が起きたら、私たちはまず何をしなければならないのでしょうか。

市民の防災マニュアル

 原子力委員会の決めた指標による、避難の検討対象は外部線量0.1シーベルト(Sv)、甲状腺線量1Svですので、半径100キロ圏は5〜6日ほどで、外部被曝線量を超えてしまいます。また、想定される事故は避難も考慮に入れて考えていかなければなりません。これだけ多くの人を避難させるのは、現実離れしています。実際には、電力会社・行政には何も期待できないと考えたほうがいいかも知れません。また、震災と重なった場合、交通機関も寸断されるでしょう。

 放射能雲はガス状のものと1000分の1mm程度の超微粒子で成り立っています。通常の雲のように、目に見えるとは限りません。超微粒子は触れるものすべてに付着するので、呼吸で吸い込んだ場合は肺に沈着します。したがって、自分の住居が放射能雲の通路に当たった場合、次のような措置が必要になってきます。

住居が放射能雲の下に入った場合

    1. 窓を閉め、隙間を目張りして家屋を気密にする。
    2. ヨウ素剤を早めに服用する。
    3. 放射能雲に巻き込まれているときとその後しばらくは、屋内でも何枚も重ねた 濡れタオルをマスクにして、直接空気を吸わないようにする。電気が使えれば空気清浄器も有効。ただし、集塵機に放射能がたまる。
    4. ありとあらゆる容器に飲料水を溜める。保存食をできるだけ多く確保する。放射能雲が到着したあとは井戸水や水道の水を飲まない。性能の良い浄水器はある程度有効だが、これも浄水器自体に放射能が蓄積する。
    5. 放射能雲に巻き込まれている間は外出は控える。やむを得ないときにはレインコート等で装備して外出する。帰宅の際は衣服を着替え脱いだものは屋外廃棄する。
    6. 雨や雪が降っているときは特別な注意が必要。雨や雪は放射能微粒子をため込むため、非常にリスクが高くなる。雨や雪のときは外出しない。

 放射能雲の動きは気象条件によって変わってきます。大気が安定して風が弱ければ、放射能原発のある周辺にとどまり、大気が不安定で強い風が吹いていると放射能雲は狭い幅で通りぬけていきます。
 大地震がおきた場合、電気が使えない、交通が寸断される、家が倒壊し斜面では地盤がくずれることも考えられます。そんな時はパニックに巻き込まれないように沈着冷静になることが一番大切です。道路の寸断や渋滞で自動車も動かなくなるかもしれません。避難することはかえって危険に身をさらす結果になりかねません。家族や知人といっしょにとどまる決心をすることになるでしょう。昼間など、家族がバラバラになっている場合もありますので、たとえば地震のとき学校の対応は?連絡の取り方は?など家族で話し合っておくといいでしょう。メディアも混乱するかもしれません。原発事故があったかどうかわからない場合にも、放射能災害を想定して行動することが大切です。事故の規模が大きく、放射能がまっすぐにめがけてきた場合、緊急避難の決心もする必要があります。放射能雲のコースによっては谷一つ越えるだけで汚染がぐっと減る場合もあります。
 緊急避難に際しては地震災害の場合に加え、次のような注意が必要になってきます。

緊急避難の準備

    1. 〔服装〕濡れタオルを何枚も重ねたマスク、水中眼鏡、帽子、手袋その他で切るだけ肌を覆うような服装、それも気密性の高いものを用意します。
    2. [持っていくもの]非常食、飲料水、着替え、ラジオ、電池、携帯電話機、ヨード剤、マスク、ハンカチ、雨合羽、ゴム長靴、ガムテープ、ゴム手袋、保険証、懐中電灯、マッチ、ローソク、救急用品、ビニール袋、ビニールシート、ポリ容器、タオル
    3. [逃げる方向] たとえば、放射能雲があまり広がらず直進してきた場合、広い幅をもって汚染された場合等、まず情報を集めてから進路を決めたほうが無難です。
    4. [避難方法] おそらく自動車は使えないと思います。避難する人が多ければ自動車はすぐに動けなくなるばかりでなく、交通の妨げにもなります。自動車で逃げたとき動かなくなったら、かならず自動車を脇に止めキーをつけたままにしておきましょう。自転車、バイクなども有効な手段ですが、たとえ徒歩でも遅れずに避難をはじめれば、放射能の通過路から脱出するのにそんなに急がなくても計算上は十分間に合います。
    5. [雨天の場合] 雨天の場合はとどまったほうが安全な場合が多いのですが、場合によっては避難しなければならないかもしれません。その場合、できるだけ濡れないようにすることが肝心です。放射能雲に巻き込まれてしまったら近くの家屋に避難して、放射能雲が通過するまで待ちましょう。(ラジオや市民グループの情報を利用しましょう)避難せずにとどまる決心をしたあとも、汚染がひどければ数日以内の避難が必要になってきます。(目安としては総被曝線量0.1Sv、通常放射能の4000倍で10日後、6000倍で1週間後)この場合は、まず腰を落ち着けて必要な対策、準備に集中しましょう。闇雲に動き回るのではなく、汚染の少ない地域の情報を得るようにします。

 1ヶ月もたつと揮発性のヨウ素などより、汚染した地面からの被曝が多くなっていきます。総被曝線量0.1Svというのは、被曝による将来のガン死の確率が4%という数字です。これは、大変な災難ですが、今を生き延び将来少しでもガン治療が進歩して助かる確率の増えることを期待して算定した数字です。食料の関係や家族構成、他地域の汚染状況によりもっと早めに安全に避難できればそれにこしたことはありません。

避難が必要なエリア

 もし、あなたが避難するとしたら、より事故現場に近い人たちのために、家の戸口を開放しておきましょう。汚染されていない水道水や持ちきれない食料を用意しておきます。疲れ果ててたどり着いた避難民にとって何が必要か考えましょう。一人ひとりが助け合う気持ちが、生きていく希望を与えてくれるエネルギーです。
 また、放射能雲がコースから外れた場合、とどまることになりますが、後からたくさんの避難民が押し寄せてくることになります。地震災害を併発している場合は怪我をしていることもあるでしょう。数日間の休息と食料を提供してあげましょう。しかし、大勢の避難民が押し寄せてきたら…十分な水と食料を分け与えることは不可能ですが、せめて暖かい気持ちと安らぎに言葉くらいは用意できたら少しでも役に立つのではないでしょうか?高濃度に汚染された避難民と、どう付き合うかもあなた自身のテーマです。
 乳幼児や子ども、胎児のいるお母さんの部屋は別にしておきましょう。避難民に対し、「ヒバクシャ差別」をすることが、もっとも悲しいことだと思います。
 事故後2ヶ月くらいは保存食料でがんばりましょう。
 水は深い水系の湧き水か、雨水の入り込まない深井戸から確保します。運悪く食料が底をついたときにも葉もの野菜、牛乳、鶏卵などはなるべく避けましょう。根菜類は安全性が高いと思います。保存食料が底をついたときから放射能汚染食品との長い戦いが始まります。このころには、各食品の放射能値が印刷物になって出回ると思います。できるだけ放射能値に敏感になりましょう。
 チェルノブイリ原発の事故後、西ドイツのキール大学病院の測定では、親が食べ物を選んで食べさせていた子どもと、そうでない子どもとでは、放射能の蓄積量に歴然とした差が出ていることがわかりました。事故からの経過日数が短かければ短いほど食べるものに注意しなければならないのですが、被曝量は被爆の総量ですので、事故後の日数が経ったあとでも忍耐強く、毎日の食品に気をつけることが必要です。

子どもと放射能災害

 大人に比べると子どもは放射能に10倍弱く、乳児胎児は100倍弱いと言われます。放射能の被害は、まず子どもたちにあらわれます。乳幼児や胎児こそ最優先に守らなければなりません。最初の2ヶ月は子どもは絶対に外へ出してはいけません。
 2ヶ月を過ぎてもしばらくは砂場や芝生の上で遊ばせないことも大切です。
 母乳も濃縮されやすいため、粉ミルクを与えましょう。粉ミルクを溶く水にも注意しなければなりません。また妊娠3ヶ月以内での被曝は幼児ガンの発生率を15倍も増加させるといわれています。3ヶ月くらいまで妊娠に気づかないこともあるので注意が必要です。
 子どもたちには責任はありません。この小さな“いのち”たちをなんとしても守り抜くことが、未来へとつながっていくための第一歩ではないでしょうか。

※参考文献
・「原発事故サバイバルハンドブック」合原亮一著
・「原発事故・・…その時、あなたは!」瀬尾健著
・「食品と暮らしの安全」(日本子孫基金)他