『殺人鬼を飼う女』大石圭

殺人鬼を飼う女 (角川ホラー文庫)

殺人鬼を飼う女 (角川ホラー文庫)

 今度の題材は多重人格!


 ビストロ経営の美しきギャルソン、京子。ソムリエでもある彼女には、ある秘密があった。ナオミ、ユカリ、シノブ、そして……。彼女の中には、複数の人格が棲んでいる。義父によって虐待を受け続けていた少女時代に、彼女らは生まれ、今もなお、一つの身体を共有している。その中に、殺人鬼がいる。京子のかつての恋人や、義父を殺した人格が……。


 マンネリだなんだと言われる作家だが、最近は地力の向上も手伝ってか、新しい題材を投入すれば、不思議と新味が生まれるようになってきた。
 独特のお約束なガジェットが、「多重人格」と「ワイン」によって突然映え、より変態的に、倒錯的に深みを加えるから面白い。複数の人格をワインに象徴させるのは、いささか単純だが、それ以外にも小道具として、伏線として機能させている。相当取材した(普段から飲んでるし……)と思しきワイン知識と描写も楽しい。


 著者には珍しく、序盤から謎を設定し、主人公に推理させる展開。大石作品の場合、主人公は知らなくても読者は答えを知っているパターンが多いが、今回は多重人格というプロットを活かして、ミスディレクションを織り込んでいる。おかげで娯楽作品的な色合いがやや強くなり、どこか明るさが強まっている。
 主人公も、不遇な立場なのだが、あまり不幸には感じないんだな。多重人格とはいえ、大勢いて、なにか賑やかだ。次々に美しいワインが振る舞われ、文面を華麗に彩る。いつも通りの悲惨な、物悲しいストーリーなのに、不思議と悲しくは感じない。


 だから、この結末も必然なのだろう。『子犬のように君を飼う』を思わせる尻切れトンボさは惜しいが、著者にとってのワインの物語には、暗い結末は考えられないのだ。

子犬のように、君を飼う (光文社文庫)

子犬のように、君を飼う (光文社文庫)

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