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 今日は世田谷産業商工ブラザにて『避難者と区長の懇談会」を行なった。3・11東日本大震災以降に世田谷区内に一時避難をされている人たち約50人が参加をしてくれた。世田谷区の区営住宅などに入居されている55世帯の人たちに案内状を出して、近親者を頼って世田谷区内で過ごしている人たちは『区のお知らせ』を見て参加をしてくれた。会場には「住宅相談」「健康相談」「就職相談」「その他の相談」の4つのブースを設置して、個別にお話しを聞いたり情報提供する体制もつくった。参加者は福島第一原発のある大熊町をはじめ、富岡町、浪江町、楢葉町、双葉町、そして南相馬市やいわき市などが約9割と多く、宮城・岩手・茨城からも参加を頂いた。

 私は次のように挨拶をした。

〔引用開始〕

 

本日はようこそこの会のお集まりいただきありがとうございました。東日本大震災から3カ月、犠牲になられた方々に哀悼の意を表すと共に、心からお見舞いを申し上げたいと思います。

 

世田谷区内は、前区長が区営住宅などを利用して、被災地から一時避難されてきた皆さんを受け入れました。55世帯の方が住宅に入って暮らしてらっしゃると聞いて、一度皆さんの声を聞く機会をつくりたいと考えました。

 

私が区長に就任したのが427日です。3日目の29日に福島県南相馬市を訪れ、桜井市長とお話ししました。その1カ月前にもジャーナリストだった私は市長とお会いしていますので、2度目になります。

 

出発前に区役所の方で調べていただくと、世田谷区にお住まいの皆さんで南相馬市からの人たちが一番多かったのです。市長とは世田谷区からも、出来る限り息の長い支援をしたいとお話しをしてきました。

 

そして、今日の会となりました。事前にアンケートもいただいています。また、区役所として皆さんに情報提供や制度説明が出来ることについては、臨時の相談コーナーも設置しています。

 

311日の大震災後に起きた原発事故は深刻の一語に尽きます。現在もまだ収束の見通しを得ていないのは、御存知の通りです。政府・東京電力が全力を尽くしていただくことを願うしかありませんが、これだけ時間が経過していることを踏まえて、地域再建の支援や補償の枠組みも急がなければならないと思います。

 

今日は私も、世田谷区職員も皆様のお話しを聞かせていただきます。世田谷区で出来ることもあれば、国全体の制度に関わることもあるでしょう。それでも、お聞きしたことが世田谷区の役割でなくても、23区区長会を通して東京都に、また国に直接要請することも出来ます。

 

世田谷区では大震災直後から区民に義援金を呼びかけて、123526717円を岩手・宮城・福島・茨城・栃木・千葉の各県に5月末にお渡ししました。61日には、更に中長期的な復興支援金の募集を始めました。今度は、各県だけではなくて各市町村にもお渡しする予定です。区内各所で行なわれる催しで、「復興支援」を目標と被災地からの物産展をあわせて開いていきます。8月に行なわれる『ふるさと区民祭り』では、物産展や南相馬市の子どもたちの合唱なども予定しています。その後も復興支援を強める催しを続けていきます。

 

また、今後は区民の民間からの住宅提供を呼びかけて受け入れ枠も増やしていきたいと思います。皆さんの世田谷区での暮らしは如何でしょうか。たくさんのご苦労や、今後をめぐるご心配もあるかと思います。よくお聞きして、今後の受け入れに生かしたいと思います。

 

同じ時期に、同郷から避難されてきた皆さまが入居した住宅は、抽選・受付順ということで「コミュニティ単位」にはなりませんでした。どうぞ、本日の会場が、今後の皆さんの持続的なつながりにつながるような機会になればとも思います。

 

 〔引用終了〕 

 

 その後に約1時間、7~8人がテーブルを囲むスタイルの参加者の皆さんのところを一巡して声を聞いた。参加者の方からば「当初、半年間でという条件で入居したが原発事故の収束の見通しがつかない。半年というと9月、10月には期限が来てしまう。その後、どうすればいいのか不安です」「原発事故がいつ収束するのか、私たちは正確な情報がほしい。テレビや新聞を見ても、肝心の見通しにふれていない。ぜひ、参考になる情報がほしい」「原発事故の補償もあり、まだ住民票を移すことには躊躇がある。ただ、高齢者のバス代補助などがあると助かるが」「近所にどんな医療機関があるのかを知りたい」「周囲に知り合いが少ないので心細い」など、様々な声を聞きました。

 

「津波で避難したら原発が爆発してまた避難。何カ所も避難してようやくここににたどりついた。自分の知人には10カ所転々とした人もいる。住む場所が定まらないのは辛いので見通しを持ちたい」「私は着のみ着のままで逃げた。だから、何ひとつ持ち物がない状態から避難生活が始まりました」と、被災当時のお話しを聞くだけでも胸が痛む。

 

 

「世田谷区が住宅を準備した当初とは、残念ながら原発事故はむしろ深刻な様相を呈しています。皆さんの要望をよく受け止めて、期間の延長が出来るように努力します」とお答えした上で、今後とも枠を拡げて受け入れを準備をしていることをお話しして、「今日のような場を提供しながらお支えをしたい」と言いました。今後は世田谷区だけの手に余る事柄は、都や国にも届けていきたいと思いますとしめくくった。日曜日にも関わらず、区職員が多数今日のために準備を重ね、真剣に相談に応じてもらったことにも感謝したい。

 

 いよいよ明日午後1時からは世田谷区議会第2回定例会が開催される。ここで、40分予定で召集挨拶をして、その後に各会派の代表質問となる。傍聴や、ネット中継などで時間のある方はご覧いただきたい。

 

 



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