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ほぼ日刊イトイ新聞

2024-05-30

糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの今日のダーリン

・毎日のこの「今日のダーリン」の原稿。
 深夜に書きはじめるのはいつものことなのですが、
 午前3時半を過ぎてなにも書いてない場合には、
 ちょっと困ったなぁという感じになります。
 どんなことを書こうかなという見当もついてなくて、
 とにかく最初の「・」をぽちんと打つことから始まります。
 いくら夜型のぼくでも、5時を過ぎて床につくのはいやだ。
 ついつい連続ドラマを見続けてとか、
 読み出した本がやめられなくてとかね、
 いかにもな理由があれば、あきらめもつくんですけど、
 なんとなくあれやこれをやってるうちに3時を過ぎてた、
 というようなケースは、ほんとに呆然としてしまいます。
 苦笑いをして、いっそとばかりに入浴したりします。
 どうしましょうとうろたえたりはしません。
 ほんとうにいざとなったら「休んでいい」のです。
 そういうときのために「ほぼ」の二文字があるのですから。
 でも、書かない書けないで終わったことはありません。
 6月6日が来たら26年間、書けなかったことはないのです。

 どうしてそんなことができるんですか、と、
 感心されることもあるので、でへへへと照れ笑いもします。
 「そんなことできるコツがあるなら教えてください」
 と言われたことは、まだ一度もありません! 
 そう訊ねられたら「そのコツを1千万円で買いますか?」
 とか言ってみたいのですが、だれも訊いてくれません。
 そうです、たぶん、こんなこと、やりたくないのです。
 こんなの毎日書くなんてうらやましくないのでしょう。
 訊かれたら教えちゃうのになぁ、残念だなぁ。

 あんまり残念なので、もう教えちゃいます。無料です。
 そのコツは、というか答えは、つまらないですよー。
 「決めたから」「書くに決まってる」というだけです。
 ほんとにいざとなったら休めばいいだけなのですが、
 休まなくても、お天気のことでも、焼きそばのことでも、
 水でも飲むかでも、勝手に書くだけのことですから、
 重病にでもなってないかぎり、だれでも絶対にできます。
 たまに、こうやって、同じようなことを書いてもいいし、
 同じとはいえ、多少は、どこかしらはちがうんだから、
 こういう内容ももう「古典芸」みたいなものですからね。
 「決めたら」できる、ということを結論として終わります。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
決めたらできることは、絶対に、決めたらできるのですぞ。


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