ニューヨークタイムス「歯科で受ける子供の放射線被ばく問題」

高木学校 医療被ばく問題研究グループのウェブサイトから
ニューヨークタイムスに歯科で受ける子どもの被ばくを憂慮する記事が出ましたので、その要旨を紹介します。

Radiation Worries for Children in Dentists’ Chairs から抜粋
(2010年11月23日 ニューヨークタイムス)

歯科で受ける子供の放射線被ばく問題

 子供、若い人達は特に放射線に感受性が高いため放射線検査は絶対的に必要とされるものだけに限るべきだ、とするキャンペーンが数年前に行われた。これは多くの病院や医院で大きな反響を呼んだが、歯科医だけは例外であった。

 ニューヨークタイムスの調べによると、大部分の歯科医は、より高線量を必要とする時代遅れのX線フィルムを使っているばかりか、歯列矯正医他の専門医は通常の検査よりもずっと多くの被ばくをさせる検査機器を積極的に取り入れている。それはコーンビームスキャナーと呼ばれる。

 これを使うと歯、歯根、下顎や頭蓋骨まで鮮明な3D画像が得られるため、メーカーは歯列矯正医や口腔外科医が通常では見落とすような問題を発見できて安全であると宣伝している。しかし、これを実証するような独立した研究はほとんどない。むしろコーンビームが広まったのは、業界がお金を出したり、業界のスポンサーがついた歯科医の発表、セミナー、継続的な教育クラス、はたまた製造メーカーがスポンサーとなった雑誌、カンファレンスのあおりによると考えられる。

 先月、アメリカ歯科学会誌(The Journal of the American Dental Association)は主要なコーンビームメーカーの一つであるImaging Sciences International が書いたコーンビーム技術を完全に支持するような記事を掲載した。その上全米150,000人の歯科医が購読するこの雑誌には、コーンビームに好意的な著者が、その被ばく線量は空港の全身スキャンによる被ばく線量と同等だとする記事も載せた。しかし専門家によると、コーンビームによる被ばく線量は空港のそれの数百倍に相当する。

 コーンビームCTはインプラント、埋伏歯や他の重症な複雑病変を扱うのには有用である。しかし、歯科放射線専門医の多くはその分別のない使用に警告を発している。ガイドラインも規制もほとんどない状態で歯列矯正医や専門家が十分には理解していない新しいテクノロジーを使って患者、特に若い患者にリスクを負わせているのだ。

 米国、ヨーロッパの歯科医師には利益がリスクより大きいかどうか疑問を投げかけているグループがいるにもかかわらず、一方ではコーンビームCTスキャンを全ての患者のスクリーンニングに使っている歯列矯正医もいる。

 一般に2Dよりも3Dの方が良いと信じられていたり、3DCT撮影が短時間で終了したりするという理由で3DCTが選択されることも多い。3DCTの一回のリスクはそれ程大きくはないとはいえ、患者は複数回検査を受けるので、生涯リスクは回数が増える毎に増え、明らかな利益が無いという状態でリスクだけが蓄積することになる。

 コーンビームはメーカーにとっても歯科医にとっても利益が大きい。250,000ドルもするスキャナーが3000台以上すでに販売された。一回のスキャンは数百ドルするので歯科医がスキャナーを設置することによる利益もある。コーンビームメーカーのImaging Scienceは“椅子に座っている単位時間あたりのより大きな利益”を約束している。

営業マンは無料のスキャンや景品で利益を誘導しようとしている。ワシントン州の歯列矯正医はImaging Scienceのスポンサーつきでオンラインの講義を行い紹介患者を得るために患者に歯科クーポンを贈ったりしている。

 更にまたImaging Scienceのスポンサーによるインターネット情報でSellke博士は“子供達は3D画像を見るのが大好き“だと述べているし、歯列矯正医によっては子供が喜ぶという理由で3D画像に紫と緑の色づけをしたりしている。

 アメリカアカデミー口腔、上顎面放射線科のFarman会長は”X線が発見された当初、靴屋が足が靴に合うかどうかを見るためにX線を使ったように新しい技術に夢中になりすぎないよう”医師達に警告している。“少なくとも靴屋は放射線の影響について無知であった”とFarman医師は述べている。

 コーンビーム問題以前にも歯科医は放射線被ばく低減には熱心ではなかった。歯科医は何年も前から被ばく線量が約1.6倍多いX線フィルム(Dスピードフィルム)を少なくてすむフィルムに替えるべきだと勧告されていたにもかかわらず、いまだに米国内で使われているフィルムの70%はDスピードフイルムである。フィルムを替えないのには弁解の余地はない。なぜなら解像力は同じでありコストは数ペニー高いだけなのだから。デジタルX線を使えば更に線量を低くできるのに使っている歯科医は僅かである。

 ニュージャージー州では被ばく線量のデーターを集めており約20%の歯科医師の放射線レベルは高いか、非常に高いことが分かった。歯科医は放射線の理解だ足りないとGray医師は述べている。

 緊急の場合、コーンビームCTスキャナーはより重要になっている。10年前に初めてアメリカに導入されたときには、口腔や顔面の重症疾患の診断に際し、大きな医用CTにかわるより安価な、より低線量のCTと見なされた。しかし、過去数年間の熱心な宣伝広告と技術的な進歩によってその使用は急速に増え、また歯列矯正を含めた他の分野にも広がった。多くの10代の子供が矯正を受けるときに儀式のようにスキャンを受ける。両親は検査で受ける線量を知らないし、更に恐ろしいことには歯科医も知らないのである。

早くて容易

 10月にフロリダ州Orlandoで行われたアメリカ歯科学会に26,000人が参加した。コーンビームCTスキャナーは至るとこに置いてあり、話題にもなっていた。3D画像センターが置かれコーンビームが展示され、実演、教育講演が継続して行われていた。

 コーンビームについての公開討論はアメリカ歯科学会誌編集委員のGlick博士の共同司会で行われた。4人のパネリストのうち一人はImaging Scienceの設立者、もう一人はその会社の販売代理店の相談役、3人目は他のコーンビーム会社から謝礼を受け取った発言者であった。コーンビームスキャナーは早くて使いやすく、万能でありスペースをとらない。ほとんどの機種で、患者が椅子に座ると1分以内で小型のスキャナーが頭の周りを一周する。国中の歯科医にその技術に対する熱狂がこだましているようだ。ワシントンのGattenbrg歯科医は「インプラントを行うときには必ずスキャンする」と言い、カリフォルニアのVanootenghem歯科医は「スキャンを使わないとまるで目隠しされているように感じる」という。カリフォルニアの弁護士Curly氏は歯科医師は3Dを使わないと法的な信用性という問題に直面するかもしれない。明確な法的基準にあった新しい技術を取り入れなかった過失となるかもしれないという。

 Gattenbrg歯科医もVanootenghem歯科医もImaging Science社からお金を受け取っていた。このようにメーカーからお金をもらってコーンビームスキャナーの性能を宣伝する歯科医師は多い。また、先月のアメリカ歯科学会ではメーカー6社が3D技術を普及させるために290,000ドルを費やした。アメリカ歯科学会はImaging Science社とその支社から約100,000ドルを受け取った。その社のi-CATは最も普及した機種の一つである。

 遂に今月、学術会議とアメリカ歯内療法専門医学会はコーンビームCTは臨床症状が無い人に対するスクリーニングの目的では使うべきではないという共同声明を発表した。

リスクを測る

 11月10日にPhiladelphiaで行われた100人以上の歯列矯正医が集まる会合でMah博士が講演を行ったが、患者のプライバシーを理由に報道陣の参加は拒否された。しかも、Mah博士のコーンビームに関する見解は秘密でも何でもない。Imaging Scienceのスポンサーによる今年行われたオンラインの講義で彼は「歯列矯正医は全ての患者の画像を撮る」と宣言し、「なぜ歯列矯正医はコーンビームCTを待ちきれないのか」と言い、「コーンビームCTの被ばく線量は空港での全身スキャンよりも多くはない」と健康影響への配慮を欠いた発言をしている。

 Colombia University Medical Center放射線研究所所長のBrenner博士は「空港の全身スキャンとコーンビームCTと一緒にするのは完全に間違えである。コーンビームスキャナーの方が数百倍も線量は多い」と言っている。コーンビームCTを宣伝する人は検査による被ばくが国を飛行機で横断するときに受ける線量や数日間日光浴をするのと同等だとか言ってリスクを過小評価するが、これは全く間違えている。多くの患者が検査を受けると一般にはそのリスクを忘れがちである。また、機器や設定によって線量は通常の撮影よりも数倍から数十倍となる上、通常の2Dパノラマ撮影よりiCATの線量は5倍高いのである。Brenner博士は「一回の撮影ではリスクは小さいとしても検査を受けると利益がある場合に限るべきである。患者が年少者であればそのリスクが成人の5から10倍になる。また子供はコーンビームスキャンを1回受けると10,000人に1人がんになる計算になる。歯科矯正の場合には治療の期間中複数回検査を受けるのは希ではないし、その後の人生でX線検査を受けることもある。これら全ての線量は蓄積する。線量が2倍になればリスクも2倍になる」と述べている。

 Ludlow博士は「3Dがより良い結果を生むという科学的証拠はまだ得られていないし、得られるまでに時間がかかるだろう。我々はそれまで常識と正しい判断を必要とする。正しい判断の一部は年少者は成人よりも放射線に感受性が高いことを認識することであり、また単に数本の歯を少し動かすのに三次元画像が本当に必要かを問うことだ」と述べた。

規制の問題

 コーンビームCTスキャナーは他の医療放射線機器と同様に規制がゆるやかである。Medical University of South Carolina放射線科教授のFrey博士は「いくつかの州では歯科X線機器の効果的な査察をしていない。査察官は一般的に機器の性能は評価するけれど、患者の臓器に対する放射線のリスクは測ろうとしない。州は医師や歯科医師を規制したがらないのだ」という。

【紹介者の解説】

 歯科医師も医師も放射線のリスクを認識せず、患者に利益があるかどうかを考えることなしに、放射線検査を行うのはどこの国でも共通しているらしい。この記事にはメーカーが学会を巻き込んで自社の製品を売り込み、メーカーからお金をもらって機器の宣伝をする歯科医師等が紹介されている。また規制当局がリスクを一般の患者に知らせない姿勢も似ている。

 非常に違うところは全ての発言がその肩書きを含め実名で報道されていることだと思う。ここでは、所々発言者の名前を省略してあるが、彼等専門家は社会的影響力が多きいのであるからそうするのが当然ではある。しかし、日本ではこうなるかどうか疑問だ。個人の責任をハッキリさせるという習慣はこのようなところからはじめるべきだろう。(崎山比早子)

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