2016年の夏、カナダはオンタリオに住む17歳のアブドッラー・ナーセル少年は、のちに「重いうつ病」と診断される症状に悩まされていた。

「気分はいつも沈んでいました」と、現在はYouTubeにゲーム動画をアップしているナーセルは当時を振り返って、わたしに話した。「外に出たくないし、人ともかかわりたくない。昼間に、本当にささいな不便や失敗でもあると、あとの時間は思考が負のスパイラルへと陥っていきました。モチヴェーションにまったく欠け、日々のルーティンをこなす気すら起きませんでした」

ほとんどの時間を自室に引きこもり、もてるエネルギーをすべて「ニンテンドー3DS」で遊ぶことに費やした。ゲームでつらい気分が和らぐわけではなかったが、とにかく時間をつぶすことはできた。

そんなときに、ナーセルは「とびだせ どうぶつの森」というゲームソフトに出合った。そのライフシミュレーションゲームで、彼はさまざまなどうぶつの住む小さな村の村長となったおかげで、日々のルーティンをこなす気持ちを取り戻し、楽しみな出来事はいつも新たに待っているんだという感覚を得ることができた。ゲームのなかの自分はポジティヴで積極的で生産的で、実際の自分もそうなっていった、といまのナーセルは語る。

そして彼は、「自分にはできる」という人生哲学をこのゲームから受け取り、それによって立ち直る勇気を与えられたのだ。「プレイヤーが放り込まれるのは、見知らぬ世界で、お金もなく、友人もいなければ、何がどう動いているのかもさっぱりわからない世界です。でも、ゲームをすればするほど、こうした不確かさは消えていきます。人生の、すべてがうまくいくヴァージョンなんです」

SZの世界を、もっとのぞいてみる?

box-SZ
SZメンバーシップでは、読み応えのあるロングリードやオリジナル連載を続々と配信中だ。>>記事一覧はこちら。

わたしたちを助けてくれるこれ以上のゲームはない

いまほど現実世界がひどくないときから、「どうぶつの森」は「ヴァイラル」と呼べるものになっていた。

ファンは何週間も早期発売を望んでいたが、それはかなわず、新作の「あつまれ どうぶつの森(Animal Crossing: New Horizons)」は2020年3月20日の金曜日に発売された。日本ではその週末だけで188万本を売り上げ、これはNintendo Switch用ソフトとしては最高のスタートとなった。

米国ではネットとメディアのクロスオーヴァー現象が起きている。SNS上はファンアートとミームで溢れ返り、『ニューヨーク・タイムズ』やCNNがトップで報道し、ラッパーのリル・ナズ・Xや女優のブリー・ラーソンといった大物有名人がファンを公言している(ラーソンは「Elle.com」において、「どうぶつの森」に登場する、いつもギターを弾いているジャックラッセルテリア犬[という説が濃厚だと言われている]について、「K.K. Slider (とたけけ)はわたしの大スターです」と語っている)。さらに、英国はレディングにある田園生活博物館や、米国のファストフード店のウェンディーズもこのヒットの恩恵を受けている。

発売から2週間、このゲームの情報は常に報道されている(この記事を執筆中である現在、最新のヘッドラインは「『あつまれ どうぶつの森』のファンはテーブルが不足していると文句を言っている」だ)。このゲームに関するニュースは気分をよくするもので、新型コロナウイルスのニュースとは正反対だ。

もしも、あなたがコンピューターゲームの世界に逃避せざるをえないのならば、いまがそのときだ。世界を混乱させているパンデミックのさなかに、ゲームは自主隔離の立派な方法で、現実から離れて引きこもる不安を和らげてくれながら、社会的距離を保つことができる。

もちろん、「どうぶつの森」以外にも夢中になれて気晴らしになるゲームはたくさんある。喜ばしくも変わった組み合わせだが、「どうぶつの森」と同じ日に発売された一人称視点シューティングゲームの「Doom Eternal」は、炎に包まれた地獄のような舞台を疾走し、デーモンの顔を銃弾で破裂させていく。そのゲームから放たれる大きな叫び声が、「どうぶつの森」の優しい子守唄によってかき消されることになるなんて、誰が想像しただろうか? すでに多くの人が気づいているように、「どうぶつの森」の提供する特異な体験は、現在の危機に不思議なほど似つかわしく唯一無二のものなのだ。