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日本語教育推進法成立―日本語支援ない子ども1万人解消に向け、日本教師育成と理解促進が急務に

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
放課後支援の場には、学校で無支援状態の子どもも少なくない(写真は筆者提供)

外国人の日本語教育、責任の所在が明らかに

2019年6月21日に開催された参議院本会議で、かねてよりお伝えしてきた「日本語教育の推進に関する法律」(以下、日本語教育推進法)が可決・成立となりました。これによって、初めて外国人や海外にルーツを持つ子どもたちに対する日本語教育に国と自治体の責任が示されたことになります。

日本語教育推進法は日本語教育が地域の活力向上に寄与するものだという前提にたって、外国人の方など、その希望、置かれている状況や能力に応じた日本語教育を受ける機会を最大限の確保することや、海外にルーツを持つ子どもの家庭における母語への配慮などを基本理念に盛り込んだものです。

日本語教育学会が会見―法律の意義と課題

法律の可決成立に伴って、日本語教育学会が記者会見を行いました。同学会はこの法律の意義について、共生の場づくりには“ことば”を欠かすことができないこと、その柱となる日本語教育の基本理念が作られ、責任の所在が明確となったことを挙げました。さらに、この法律が根拠となり自治体が日本語教育環境の整備を行いやすくなることや、日本語教育の社会的認知度が上がることへの期待を表明しました。

また、同学会は今後の課題としてその責任を自治体だけに押し付けてしまうことのないよう、国や企業などがそれぞれの責任を果たせるような仕組みづくり等が重要だとしています。

一方で、日本語教育環境を広げてゆくためにはそれを担う人材が必要となりますが、神吉宇一同学会副会長は記者からの質問に対して、

「日本語教育をやろうとするとき、人材がいないという声が大きい。人口減少が進む(支援の担い手自体がいない)ところこそ外国人が増えていく。今後は人材育成、教材開発やICT活用なども含めて考えてゆく必要性があるだろう」

との見解を示しました。

日本語教育の担い手不足「仕事にならない」現状顕在化

日本語教師はボランティアが約6割を占め、給与の低さなどから「仕事にならない」実態があることは最近知られるようになってきました。この数字は、日本語学校や大学などで勤務する日本語教師を含めた数となっていますが、もう少し細かく、「どこで日本語教師として活動しているか」といった機関別に、無報酬のボランティア比率を見ていくと、教育委員会(主に、子どもの日本語教育支援等)では66.8%。NPOや任意団体(地域日本語教室など)で約80%、国際交流協会や地方公共団体に至っては、日本語教師の90%以上をボランティアがまかなっていることが明らかになりました。

(出典:文化庁「平成28年度国内の日本語教育の概要」

特に、子どもの日本語教育は言語発達の重要な時期であるだけに、その子どもの学習や心身の発達に大きな影響を及ぼす場合があり、日本語教育の専門家による関与が欠かせない領域です。時に日本語教育に留まらずその成長に必要な生活スキルを教えたり、学校と家庭の間をとりもったりなど、多面的に活躍することも少なくありません。

学校で教える「国語」とはまた異なるアプローチを必要とする、外国語学習の一環である日本語教師ですが、安定した雇用環境はごく一部の自治体の教育委員会やNPO等に限られています。さらに、子どもの日本語教育に特化した人材の育成はほとんど行われていないのが現状で、時に数学を専門とする教員が手探りで日本語を教えるというような実態は常態化しています。

また、日本語ネイティブであれば日本語を教えられる、といった正確でない理解も根強く残り、日本語教師の専門性に対する認識が社会全体で欠如しているとすらいえる状況です。外国人の増加が見込まれる現在になってようやく課題として顕在化してきた「日本語教育人材の不足」ですが、日本語教育推進法を足掛かりにどこまで状況を速やかに改善できるかが、今後の体制整備のカギを握ることになりそうです。

現在はまだ数少ない、海外ルーツの子どもを対象とした日本語教師として働く安福由里子さん(筆者撮影)
現在はまだ数少ない、海外ルーツの子どもを対象とした日本語教師として働く安福由里子さん(筆者撮影)

消極的な自治体の背中、どう後押しできるか

「日本語指導が必要な児童生徒はそんなにいないから」

これは、筆者が運営するスクールで日本語教師として活躍する安福由里子(あぶく・ゆりこ)さんが約2年前に、九州地方のある自治体担当者から言われた言葉です。安福さんはかつて、日本語教師として日本語学校に勤務するかたわら、保有する教員免許を生かして、公立中学校で海外にルーツを持つ子どもの日本語指導講師をしていました。

その後、海外の日本語教育の場でスキルを磨いてきた安福さんは、帰国後、日本語がわからない子どもたちのために自分の培ってきた経験と専門性を役立てたいと、何かできることはないか、自ら前述の自治体に問い合わせました。問い合わせに答えた担当者は、日本語指導が必要な児童生徒はそれほど多くはなく、特に日本語教育ができる人材の必要性はないと言い、その時はそれで終わってしまったと言います。

全国の公立学校に在籍する日本語がわからない子どもは4万3947人ですが、その内の1万400人が、「日本語教育が必要」と判断されたにも関わらず、学校では何の支援も受けていない無支援状態にあります。(文部科学省「「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成28年度)」より)

毎日新聞は今年の5月5月、この無支援状態にある子どもたちが多い自治体を分析し、公表しています。

毎日新聞は、この時に都道府県が文科省に提出した調査票を情報公開請求し、開示された資料を分析した。指導を受けられていない児童生徒の割合は、長崎県61%▽鹿児島県43%▽三重県39%――など。33都道府県で無支援状態が2割を超えた。

出典:毎日新聞2019年5月5日『にほんでいきる』「 外国籍児童・生徒1万人超が日本語「無支援」」

安福さんは、このニュースを見て衝撃を受けたと言います。自分が問い合わせた自治体を含む九州地方の自治体による無支援の割合が突出して高かったからです。

「あの時に何かできていれば、少しでも変わっていたのではないか」

安福さんは自らが経験した自治体担当者とのやり取りを振り返って

「なぜ指導が必要なのかという(学校教員や自治体担当者レベルでの)理解が追い付いていない。」「海外ルーツの子どもたちの環境改善に向けて、都道府県、市町村が主体的に目を向けてほしい」と訴えています。

日本語教育推進法が誕生したことで、今すぐに何かが劇的に変わることはありません。これから1つ1つ、それぞれの地域や責任主体が取り組んでいくための仕組みや体制づくりが行われることになります。専門性を持つ日本語教育人材の速やかな育成と同時に、仕組みに基づいた具体的な事業が学校や地域で着実に実行されていかなければ、この「無支援状態」にある1万人以上の日本語がわからない子どもたちの困難は終わることはありません。

日本語教育推進法の目的にある通り、日本語教育が「多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現・諸外国との交流の促進並びに友好関係の維持発展に寄与」するためには、外国人や海外にルーツを持つ子どもたちにとっての日本語教育の重要性に対する、私たち1人1人の理解が必要不可欠です。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

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