シェアリングの新顔「キックスケーター」に、米西海岸の街は大混乱

自転車のシェアリングサーヴィスが盛んなサンフランシスコで、キックスケーターのシェアリングが急増している。クリーンで自転車より手軽な移動手段である一方、まったく新しいサーヴィスゆえに法やインフラが整備されておらず、その危険性を懸念する声も上がっている。攻勢をかけるスタートアップと、戸惑う自治体の様子をリポート。
シェアリングの新顔「キックスケーター」に、米西海岸の街は大混乱
IMAGE COURTESY OF LIMEBIKE

それはある朝、サンフランシスコに姿を現し、この街の名物である霧のように次々に市内へと押し寄せた。時速24kmで走るそれは、クルマでごった返した道をすいすいと進んでいく。

今年3月の数週間で、この街は電動キックスケーターの実験場のひとつになってしまった。電動キックスケーターは、潤沢な資金をもつ企業たちが提供する、新しい移動手段のひとつである。

例えばバード(Bird)という企業は、ベイエリアに175台のキックスケーターを配置した。同社はロサンゼルスやサンタモニカ、サンディエゴ、サンノゼ、ワシントンD.C.にもキックスケーターを置いている。

また、ドックレスタイプのシェア自転車サーヴィスを提供しているライムバイク(Limebike)は、サンディエゴやワシントンD.C.、サンフランシスコにキックスケーターも置きはじめた。スピン(Spin)はベイエリアに50台弱のキックスケーターを置いている。3社の資金の総額は2億ドル以上にも達する。

キックスケーターは街にとっては非常に有益だと、提供企業(と投資家たち)は主張する。キックスケーターは排気ガスを出すこともなければ、交通量を増やすこともない。自家用車や、あまり活気のあるとは言えない公共交通機関に対する快適な代替手段だ。使い方も簡単で、利用料もだいたい1回2ドル以下と安価である。

そして、キックスケーターは合法だと彼らは言う。サンフランシスコの規制当局は、電動キックスケーターのシェアリングサーヴィスのためのルールをつくるなんて考えたこともないからだ。2010年のUberやLyftもそうだったが、登場前には誰もそんなサーヴィスについて聞いたことがなかった。

歩行者を危険にさらす?

合法かどうかはさておき、役所にとって電動キックスケーターは懸念対象、あるいは少なくとも頭痛の種である。

クルマのために設計された道路に慣れている職員たちは、狭いスペースのなかに見苦しい混乱状態をつくりかねない新たな移動手段に直面している。たとえ、それがより健康的で安価で機敏な代替手段だったとしても、である。

実際、街の一部は電動キックスケーターの存在を警戒している。キックスケーターは街のどこにでもカギでつないでおけるため、車いすやベビーカー、散歩を楽しむ人にとって邪魔になりやすい。

それに、キックスケーターを上手に乗りこなせない人もいる。クルマや自転車、犬、歩行者、ときには配達ロボットで混雑した場所では特にだ。

「電動キックスケーターは小さいですが、確実に場所をとるのです」と、サンフランシスコ市交通局でシニア交通プランナーを務めるミリアム・ソレルは言う。「車椅子の利用者や視覚障害者を危険にさらす可能性があります」

とはいえ、市が電動キックスケーターに反対しているわけではないと彼女は言う。「ただ安全に使ってほしいのです」

市にとって、これは厄介な問題だ。しかし、自家用車以外の交通手段について真剣に考えていくと宣言した行政機関は、その答えを探さなくてはならない。

守られないルール

2010年以降、米国では100以上の市や街、大学のキャンパスがドック型の自転車シェアシステムを導入している。また、ライムバイクや中国のモバイク(Mobike)、スピン、ジャンプ・バイクス(Jump Bikes)のように、ドックレス型の自転車シェアリングを提供する企業は、“アンロック・アンド・ゴー”のアプローチがとれるよう自転車を戻す場所をなくした。

一方、サンフランシスコは現在、配達ロボットとも闘っている。地元の政治家いわく、ロボットは道を塞ぐ可能性がある[日本語版記事]というのだ。サンフランシスコでは車線の数も多くはないが、歩道の幅も限られている。

そしてさらに、市はキックスケーターの場所も用意しなくてはならなくなった。キックスケーターは通行路に停められるだけでなく、そこで(違法に)乗られる可能性もある。

街の道路は誰のために、何のために、どんな姿をしているべきなのだろうか? 答えは誰が決めるのか? そして、それによって民間企業が金儲けをしていいのだろうか?

カリフォルニアの州法は、ある程度の指針を示している。電動キックスケーターに乗る人はヘルメットの装着が必要で、運転免許をもっている必要がある。そして、歩道を走行してはならない(2月から電動キックスケーターの使用が始まったワシントンやワシントンD.C.にも同じようなルールがある)。

しかし、キックスケーター乗りたちが常に法律を守っているわけではない。サンディエゴの住人(特に年配の住人)は、キックスケーターが歩道や車道の通行を妨げていると苦情を言っている。サンフランシスコの人々は、攻撃的なライダーたちのニアミスについて文句を言う。

自転車レーンがない場合、キックスケーターは車道を走るべきとされているが、確かにきちんと車道を走っている人は少ない。でも誰が文句を言えるのだろう? クルマは電動キックスケーターの時速24kmより、かなり速いスピードで走行するのだ。

急がれる法とインフラ整備

市と企業の間では、見苦しい争いが複数回起きている。

サンタモニカ市は17年にバードを刑事告発し、無許可の営業を行っていたとして30万ドルの罰金を課した。サンフランシスコ市交通局は、市内で営業している3社に厳しい口調の書簡を送り、「通行権を妨害したり安全を脅かしたりするビジネスモデルは、いかなるものでも許可しない」と警告した。

ライムバイクは最強の小言を食らった。サンフランシスコ市交通局が、同社が電動キックスケーターのサーヴィスを予告なしに(しかも「しない」と言ったにもかかわらず)ローンチしたことを非難したのだ。ライムバイクは、すべては誤解であり、最初のローンチも期間限定のポップアップだったとしている。

人々にキックスケーターを正しく使わせるためには、結局のところ教育が必要であり、その大部分は自分たちの責任であると同社は言う。バードとライムバイクは、アプリ内で新規ユーザー向けに取扱説明を提供しており、説明は電動キックスケーター本体にも載っている(バードの全キックスケーターは以下の基本ルールが書かれている:安全に乗ること/ヘルメットを着用すること/運転免許が必要なこと/2人乗りをしないこと/利用できるのは18歳以上であること)。

「われわれは利用者に道路での規則を伝え、彼らにそれを守ってもらいたいのです。しかし、結局のところこの規則を守るかどうかはユーザー次第になってしまいます」と、ライムバイクで行政対応の業務を率いているスコット・カブリーは言う。カブリーはもともとシアトル交通局長を務めていた人物だ。

「フォードの人間だって正しく自動車に乗ってほしいと思っていても、クルマが道路に出てしまったら人々をコントロールすることはできないのです」

とはいえライムバイクは、アプリ内メッセージや動画などのツールを使って、今後も利用者への教育などを続けていくという。また、地域団体やストリートフェアを通じて特定のグループとのやりとりも進めていくとのことだ。

サンフランシスコは、電動キックスケーターのための強固で厳格なルール作成の真っ最中にある。3月初旬、サンフランシスコ市監理委員会は企業に対し、電動キックスケータービジネス運営の認可を得ることを求める法案を提出した。市交通局は現在、実際の認可プロセスの概要を示す資料を作成しているところだ。18年の5月か6月には、市が認可を出し始めるだろう。

「かなり新しいことなので、企業の声と住民の声を比較しながら、すべてを抜け目なく行いたいのです」と、市交通局のソレルは言う。「電動キックスケーターの駐輪場所と企業が行うべき利用者への教育の程度は、必ず認可の要項に組み込みます」

企業はこれに前向きだ。「多くの都市では法整備がテクノロジーに追いついていないのです」と、バードの広報担当であるケン・ベールは言う。「市にはやるべきことが増えるでしょう。われわれはそれに協力するつもりです」

そこには、キックスケーターのためのインフラ整備も含まれるかもしれない。キックスケーター専用レーンのある未来を考えている人はいないだろう(その類の結論を出すのは間違いなく時期尚早だと市交通局は言う)。しかしキックスケーターへの支持が高まれば、市はサイクリストや歩行者、キックスケーターなど、クルマを使わない人間のためのスペース拡張に動くかもしれない。

「キックスケーターシェアリングに自転車専用レーンのような解決策は必ずしも必要ありません。でもぜひ、ぜひとも、そんな結果になってくれればと思います」と、カブリーは言う。

市のパートナーになろうと必死な企業たち

キックスケーターシェアリングを提供する企業たちは、市の最高のパートナーになる(あるいは最高だと見せかける)ための競争を繰り広げている。

18年3月末、バードは「SOS: Save Our Sidewalks(わたしたちの歩道を守ろう)」という名の“誓約書”を発表した。夜間は道路からキックスケーターや自転車を取り除くこと。1台あたりの利用回数が1日3回以上でなければ、台数を増やさないこと。そして、1台につき1ドルを市政府に支払うことを約束するものだ[編註:バードは誓約書のなかで、ライムバイク、オッフォ(ofo)、モバイク(Mobike)、ジャンプの4企業にも同じ誓約書にサインするよう求めている]。

見栄えのいい、善意からの行動だ。そして4企業は、それにサインすることを拒否している。

スピンの共同創業者で社長のユウェン・プーンは、「Midium」の投稿でこう書いている。「『Save our Sidewalks』をはじめ、最近の競合たちの提案は、この前の刑事告訴や和解のことを考えると偽善に見えるのです」

言い換えるとこうだ。「市との関係は自分たちで築くので結構です」

そして、サンフランシスコをはじめとする市にも発言権がある。彼らが具体的にどうしたいかを思いついたあとの話だが。


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TEXT BY ARIAN MARSHALL

TRANSLATION BY ASUKA KAWANABE