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「投票する体験を繰り返すと、政治を見る目が磨かれる」――大学教授・川上和久先生に聞く!若者が投票する意味

コロナ禍で注目された東京都知事選が幕を閉じました。投票率は55%。前回2016年の59.73%を4.73ポイント下回る結果でした。「本当に投票に行かなくちゃいけないの?」「私の1票にはどんな意味があるの?」……そんなふうに感じた人もいたかもしれません。若い世代は、どんな心構えで選挙と関わっていけばいいのでしょうか。麗澤大学教授で『18歳選挙権ガイドブック』(講談社)の著者である川上和久先生に素朴な疑問をぶつけてみました。


Q: 日本ではなぜ、「18歳」から投票できるの?

★国際的には遅い方だった日本
2016年に改正された公職選挙法が施行され、選挙で投票できる年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に変更されました。日本で選挙権の年齢が引き下げられたのは、1945年に男性25歳以上から男女20歳以上に引き下げられて以来実に約70年ぶり。歴史の大きな転換点だったわけですが、その当時、日本以外の国で、選挙権年齢が何歳だったか、ご存知ですか。実は、当時の主要国(G8)のなかで、日本をのぞく7カ国すべてが「18歳以上」を選挙権年齢としていました。G8以外の諸外国を見ても、約9割が「18歳以上」に選挙権を与えていて、オーストリアやアルゼンチンでは「16歳以上」にまで引き下げられていたほどです。「何歳を大人とするか」という議論は、歴史的・文化的背景をもとに、さまざまな考え方があるわけですが、国際的にみれば、18歳を一人の大人として、政治に参加できる年齢だと捉える国のほうが圧倒的に多かったわけです。

★遅かった理由は“大人とは何か”の捉え方が違ったから
なぜ日本は、他国と比べて、選挙権年齢が引き下げられるタイミングが遅かったのでしょうか。私が思うに、日本では若者を主権者として育てていく、いわゆる‟主権者教育”が希薄だったからだと捉えています。たとえばヨーロッパでは、市民革命の歴史があり、「公とは何か」「基本的人権とは何か」「個人の自由を勝ち取るためには何が必要か」などのテーマを熟考し、議論する機会がありました。大人になることは「自分のこと」だけではなく、「社会」について考えること。しかし日本では、受験勉強をして大学生になって社会人になるのが大人になることだと思われてきました。自分と社会が繋がっていないから、若者自身も、「18歳で選挙権がほしい」なんて要求したりしないわけです。


Q:若者の「投票率が低い」のは、なぜ?

★普段の生活に政治が関わっていると感じにくいから
直近の選挙結果をみると、確かに10代・20代の投票率は低く、30代からじわじわと上がっていく傾向にあります。30代になると、結婚して子どもを育てたり、親世代が退職したり、税金の負担が上がっていったりと、「政治」と向き合わざるをえない場面が増えます。「こんなに税金をおさめているのだから、子育て支援を充実させてほしい」などと、自分の生活と政治への要望がリンクしてくるのです。一方10代・20代は、「私はこうしたい」という個人的欲求と、「世の中にこうあってほしい」という社会への欲求が結びつきません。特別に社会のことを考えなくても、生きていけますしね。

★新型コロナウィルスで見えてきた政治との関わり
ただ、新型コロナウィルス感染症をきっかけに、その潮目が変わる可能性を感じています。学校が休校になったり、9月入学の議論が始まったり、アルバイト先で仕事がなくなったり……政治家の決断ひとつで自分の人生や生活が変わってしまうリスクや不安が、一気に押し寄せてきた。政治が「自分ごと」になったわけです。学生のなかには、「なぜ日本は自粛要請ばかりで、諸外国のように強制的に店を閉めないのか」と言う人もいます。政治にまったく興味のなかった人が、民主主義社会における自由のあり方や憲法改正について考えるきっかけを得ている。ある意味、これも主権者教育です。いま、各都道府県の知事の発言に注目が集まっていますが、「ちゃんとしたリーダーを選ぶことがいかに大切か」を痛感している人も多いでしょう。こういう気づきが、とても大事なのです。


Q:「私の1票って、本当に意味があるの?」「政治について勉強しているわけでもないのに、投票していいの?」

★投票することで確実に世の中は変わる
「選挙に行くのが面倒くさい」「投票したところで社会は変わらない」「政治は難しくて、よくわからない」……そう考える人もいるかもしれません。しかし、投票することで、確実に世の中は変わります。いま新型コロナの感染者数を増やさないために、マスクをつけたり、距離をとったり、みなさん気をつけて暮らしていますよね。一人ひとりの振る舞いが、感染拡大に影響を与えることを知っているからです。実は選挙も、それと同じ。一人ひとりが政治に関心を寄せることで、よりよい社会に着実に変えていけるのです。

★若い世代こそ政治に参加を!
若い世代の人たちが、「私たちの未来は、私たちが決める」という意思を持たなければ、上の世代の意思で政治が決まってしまいます。そもそも高齢者の方が人数は大きいわけですから、政治家は高齢者の意向にそった政策を打ち出します。そのほうが当選しやすいからです。人口推計だけを見て言えば、20代が全員投票に行かなければ、60代以上には敵いません。若者の考えを政策に反映させるためには、若い世代が投票を行い、自分たちの将来を決めるプロセスに参加することが大事なのです。

★自分の1票が勝敗を決めることもある
「私の1票に社会を変える力はない」と思っているかもしれませんが、案外、そんなこともないんですよ。地方選挙だと、1票差で勝敗が決まるケースも実は多いのです。一方で、「政治について勉強していないのに大事な1票を投じていいのだろうか」と考える人もいるでしょう。投票に間違いはありませんし、若者は自分たちの判断力にもっと自信を持っていい、というのが私の考えです。有権者ではない18歳未満の若者が、実際の立候補者・政党に対して投票を行う模擬選挙では、「有権者による投票結果」と「模擬選挙の結果」が、ほぼ同じになる例が数多くあります。候補者を比較検討するうえで必要な情報さえ手に入れられれば、年齢にかかわらず、みんな考える力を十分に持っています。


Q:政治や選挙に関心を持つためには、何から始めればいい?

★スマホでニュースを見るだけでもいい
世の中で起きている出来事について知ろうとすることが大切ですよね。本当は、新聞の社説を読み比べると、とても勉強になるのですが、新聞でなくてもいいと思います。スマホでネットニュースを追いかけるだけでもいい。フェイクニュースに気を付けながらではありますが。「東京アラートって、そもそもどういう意味だっけ?」「新型コロナが流行している今、豪雨被害が起きている場所にボランティアに行ってもいいの?」などと、自分が関心のある出来事を調べていくうちに、自然と政治の話に行きつくはずです。政治家に任せるのではなく、「自分ならどうするか」「自分にできることは何か」を考えてみることも大切です。

★自分だけの基準で選んでいい
実際に、選挙で投票をするときには、「政策」に注目してみましょう。私はよく「マイ争点を持ちましょう」という言い方をするのですが、たとえば動物愛護に関心のある人なら、「候補者は動物愛護についてどう考えているのか」を調べていくのです。もしも、動物愛護に言及している人が一人しかいなかったら、その人に投票してもいいわけです。政党のマニュフェストをみたり、候補者の演説を聞いてみたり、新聞が行うボートマッチ(有権者と立候補者、または有権者と政党の考え方の一致度を測定するサービス)を試してみたりして、自分の心に響く人や政党を探していけばいい。もちろん、政治家のなかには、八方美人的に「いろいろやります!」と打ち出している人や、当選後に公約を守らない人もいます。あとから振り返ったとき、「あの人(あの政党)に投票するんじゃなかった!」と後悔することもあるかもしれません。でも、それでいいんです。「あの公約は嘘だった」とあとから分かれば、次にその人に投票しなければいいだけ。投票という体験を繰り返すことで、自分自身の「政策を見る目」も磨かれていきますし、学び続ける過程そのものを楽しむくらいの心持ちでいてほしいと思います。「誰も選びたくない」「投票したいと思える人がいない」ということであれば、白票(何に記入しない票)を投じたっていい。白票がどれだけあったのかというデータもまた、候補者に対する一つの意思表示です。


Q:最後に、高校生や若者世代に向けてのメッセージをお願いします。

★これからの日本がどうだったらいいですか?
フランスの哲学者ジャン=ジャック=ルソーが執筆した『エミール』では、「自分のために生きること(自己を追求すること)」と「公共のために生きること(社会全体のなかで自分を位置づけること)」という折り合いにくい2つを両立させることこそ、自由の入り口であると説いています。これは、国や時代を越えて、今を生きるすべての人たちにとって大きな課題なのかもしれません。選挙で投票し、政治に参加するということは、自分自身だけの欲求に従って生きるのではなく、『これからの社会は“どうあるべきか”』を考える一歩なのだと思います。

★若い人たちの意見が反映された方がいいに決まってる
投票に正解・不正解はありません。まずは、この時代に生きる一人として、参加してみることが大切です。若い人のほうが、この先もずっと長く、この社会で生きていくわけですから。政策に若い人の意見や意思が反映されたほうがいいに決まっています。面倒くさがらず、自分たちの1票を決して軽視せず、ぜひ投票というアクションに繋げていって欲しいと思いますし、まだ投票権を持つ前の高校生は、『自分だったら、どこに・誰に投票するかな?』と考えてもらえたらとても嬉しいです。