ネットワーク科学のイノヴェイターがたどり着いた「成功の法則」:アルバート=ラズロ・バラバシに訊く

「成功」には普遍的な法則があるだろうか? 多くの分野において、「成果」を出すことが必ずしも「成功」にはつながらない。それはなぜなのかを科学的に解き明かしたのが、『新ネットワーク思考』などの著書でも名高いネットワーク科学の世界的第一人者、アルバート=ラズロ・バラバシだ。新著『ザ・フォーミュラ』の邦訳刊行を機に、予防医学博士の石川善樹と創造性研究者の永山晋がバラバシにインタヴューし、その思考に迫った。
ネットワーク科学のイノヴェイターがたどり着いた「成功の法則」:アルバート=ラズロ・バラバシに訊く

All products are independently selected by our editors. If you buy something, we may earn an affiliate commission.

新たな成功の科学とは?!

あの世ではなく、この世で幸せをつかみ取るために、人類は「成功」という二文字を必死に追いかけている。そのための方法論として広く知れ渡っているのが、「夢を描き、必死で努力せよ」というものだろう。

しかし、そこには決定的に抜け落ちている視点があると、アルバート=ラズロ・バラバシ教授は指摘する。気の早い読者のため先に結論を述べておくと、努力して「成果」をあげることと、「成功」をつかむことは、区別して考えなければならないのだ。

たとえば、スポーツの世界を考えると分かりやすいだろう。100メートル走において、世界1位と世界2位の「成果(タイム差)」は極めてわずかなものの、「成功(得られる名誉や報酬)」という観点ではとんでもない差が開いている。あるいは、アートの世界も同じだろう。ヒットチャートの1位になるのは、必ずしも「一番いい作品」ではない。

さらにいえば、科学やビジネスなど、実は多くの分野において「成果」と「成功」の分離が起きているとバラバシは指摘する。なぜだろうか?

謎を解く鍵は、「ネットワーク思考」にある。バラバシは様々な分野における「成功」をネットワークという観点から研究することで、これまで知られていなかった新たな「成功の法則」を見つけ出したのだ。それらを一般向けにまとめたのが、『ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』(江口泰子 訳、光文社 刊)である。

『WIRED』日版はこのたび、この科学的な成功本をさらに深く、面白く読み解くための手助けとなる、以下の4点についてバラバシにインタヴューを行なった。

1: ネットワーク科学とは何なのか?
2: バラバシが辿り着いた成功の法則とは?
3: なぜバラバシは科学の世界におけるイノヴェイターなのか?
4: バラバシが開く新たな未来の扉とは何か?

以下、早速見ていくことにしよう。

1: ネットワーク科学とは何なのか?

われわれが住む世界は多様かつ複雑な相互作用によって成り立っている。自然界でいえば、体内のタンパク質の化学反応や生物の捕食関係などの相互作用。人間社会でいえば、友人関係や仕事関係、資本関係などだ。ネットワーク科学とは、こうした相互作用をつながりとして結びつけ、その構造から人間の行動や社会現象、自然現象を理解しようとする学問である。

例えば人の能力について考えてみよう。われわれは能力を捉えようとする際、知能といった個々の特性に着目しがちだ。一方、ネットワーク科学の観点から考えると、その人がつながっている友人がどの程度存在し、その友人同士でつながりがどの程度あるかといった、その人を取り巻くつながりの観点からその人の能力を理解しようとする。

つまり、ネットワーク科学の本質は、個々の特性ではなく、つながりそのものから個々の特性や行動を理解することにある。

ネットワーク科学は、数学の一分野であるグラフ理論の発達とともに誕生したが、当初は社会学者たちがこぞって活用することになった。やがて、その応用範囲が経営学、経済学、政治学、物理学、情報科学、脳科学など、ありとあらゆる分野に急速なスピードで広がっていった。

もちろんビジネスでも応用されている。われわれにも身近で最も有名な応用例は、グーグル検索の元祖アルゴリズム「ページランク」であろう。良い感じで検索結果を返してくれるアレである。

なぜ、これほどまでにネットワーク科学が急速に広がっていったのか? それはネットワーク科学が、個体にのみ着目することでは見えなかった多様な現象を、極めて簡単に数値として測定できるようにしたからだろう。

例えばアートの世界では、美術館は所有作品を貸与しあうため、これをネットワーク(つながり)とみなせる。下図のように、つながりのつながりまで踏み込むと、単に多数のつながりをもっている美術館よりも、そうした美術館とつながっている美術館こそが真にステータスがある可能性が高い。この発想から、われわれが漠然と感じ取っている美術館のステータス・スコアを算出できるのだ。

出展:筆者作成

学術論文を対象にしたイノヴェイションの研究においても、ネットワークによって「革新度合い」を測定できる。そもそも革新度合いというものが測定できること自体驚くべきことだが、論文同士の引用をネットワークとして捉えると革新スコアを算出できるのだ。

少し複雑だがアイデアはこうだ。過去の論文を参照(引用)し新たに作られた論文は、その後生み出される論文に参照される可能性がある。主人公を論文Aとしよう。下左図のように、将来の論文が、論文Aを引用するとともに論文Aが引用した過去の論文も引用するケースがある。そのような場合、論文Aのアウトプットは、インプット(引用した過去の論文の知見)を大幅に変化させておらず、革新的とはいえない。

一方、革新的な論文をBとしよう。下右図のように、論文B以降に生み出される論文が、論文Bを引用するものの、論文Bが参照した過去の論文を参照しないケースがある。このようなネットワークが多い論文ほど、そのアウトプットは、インプットを大幅に変化させ、これまでの研究の流れを激的に変化させた革新的論文として見なせるのだ。

出展:Funk & Owen-Smith (2017)とWu et al. (2019) をもとに筆者作成

2: バラバシが辿り着いた成功の法則とは何か?

では、ここまで説明した「ネットワーク科学」とバラバシの「成功の科学」はどのように関係しているのか?

われわれが成功と聞いて漠然とイメージするのは、一気にスターダムに駆け上がったスポーツ選手やアーティスト、事業が大当たりした起業家であろう。彼/彼女らは、何かものすごい活躍を成し遂げ、その結果として圧倒的富や名声を得る。バラバシの成功の定義もこのイメージに近い。彼は成功を「所属する社会から受け取る報酬」と定義している(報酬は、金銭、論文の引用回数、知名度など社会によって異なる)。

ただし、われわれの世界では「すごいことを成し遂げると成功がついてくる」という単純な図式が成立しない。同じくらいの成果をあげたとしても、運良くそこから成功をうまく引き出せる人もいれば、全く引き出せない人もいる。

バラバシによれば、たとえノーベル賞が与えられる研究プロジェクトに貢献したとしても、無事ノーベル賞に名前がリストされた者は高名な研究者として名を成し、リストされていない者は研究を継続できず、行方不明になる場合もあるという。

この違いを「世の中は実に理不尽」「結局は運」という話で終わらせることもできるが、バラバシはそうではなかった。彼は、スポーツ、アート、書籍、学術研究など、「成功」に関わる膨大なデータから、その違いを見事に明らかにしたのだ。

重要なポイントは、われわれの世界はふたつに分けられるというものだ。スポーツなどの「パフォーマンスが測定できる世界」と、アートなどの「パフォーマンスが測定できない世界」である。

「すごいことを成し遂げると成功がついてくる」という単純な図式は、あくまで「パフォーマンス(成果)が測定できる世界」でしか成立しない。一方、「パフォーマンスが測定できない世界」では、先に説明した「ネットワーク」が成功と分かちがたく結びついている。このふたつの世界についてぼくたちが整理した図をもとにもう少し詳しく説明したい。

出展:バラバシ『ザ・フォーミュラ』をもとに筆者作成

まず、ふたつの世界の共通点から説明しよう。ひとつは、人の活動は物理的、時間的制約を受けるがゆえにパフォーマンスに上限があるという点だ。いまのところ、人が100メートルを8秒で走れる目処は立っていない。いくら生産的であっても、音楽家が1日で制作できる曲数には限度がある。

パフォーマンスはちょうど図Aで示す釣り鐘状の分布となる。これはトップ層にいけばいくほど、成果やパフォーマンスにほんの少ししか差がないことを意味する。100メートル走でいえば、初心者とプロでは秒単位の差が生まれるが、トップ層同士は小数点単位でしか差がない。音楽でいえば、初心者とプロの演奏家の差は歴然だが、プロ同士の演奏はそもそも甲乙をつけがたい。

ふたつの世界のもうひとつの共通点は、成功の分布が「ロングテール」になっている点だ。つまり、一部の極めて突出した成功者と多数の非成功者から構成される分布である。しかも、先のパフォーマンスと異なり、成功には上限がない。図の急激に伸びる成功の曲線(破線)はそれを示している。

とりわけ、成功に上限がなくなるのは、成果がスケールしやすい分野である。スポーツでいえば、スタジアムでは数万人しかみれないが、メディアを通じて数億人の視聴者を獲得できる。人気アーティストは配信を通じて同じ曲を数十億人に届けることができる。一方で、学術会ではひとつの論文がスポーツや音楽のように数億人に読まれることはない。

続いて、ふたつの世界の異なる点について説明しよう。既に述べたとおり、パフォーマンスが測定できる世界では、パフォーマンスから直接成功を引き出すことができる。

この世界での興味深い点は、先に説明した「パフォーマンスには上限があるが、成功には上限がない」という法則が働く点だ。これはトップと二番手にはほんの少ししか差がないにもかかわらず、成功の大きさには歴然とした差が生まれてしまうことを意味する。トップ層の人たちにとっては、ちょっとしたコンディションの差やほんの一瞬のミスが莫大な富の差を生んでしまうのだ。テニス選手がラケットを叩き割ってしまうのも無理はない。

一方で、パフォーマンスの測定できない世界では、ネットワークこそが成功の鍵となる。

これはわれわれの日々の実感に即しているのではないだろうか。よくわからないもの、明確に評価しがたいものに対して、われわれが価値を感じる源泉はネットワークによる「お墨付き」である。

異なる人物が同じ内容をSNSで発したとしても、われわれが耳を傾けるのはフォロワー数の多い方の人物だ。われわれは著名人や高名な専門家が認めた書籍や芸術を楽しむ。しかし、毎年年始に放映されるテレビ番組で、目隠しされた芸能人が優れた品とされるものの判別を見誤る姿を目にすると、われわれが感じている価値がいかに儚いものかが分かる。ネットワークによって幻想がつくられるのだ。

もうひとつ重要な点は、図Bで示している通り、ネットワークも成功と同じくロングテールの形状となりやすいことだ。ネットワークをもつものがさらにネットワークをもつ効果が働くからだ。結果、ごく一部の圧倒的に優れたネットワークをもつものと、大多数のそうでないもので占められる。

釣鐘状をしたパフォーマンスの世界ではトップ層のちょっとした差が重要だったため、誰でも挽回のチャンスを得られやすい。一方、ロングテール状のネットワークの世界では挽回自体が難しい。優れたネットワークがさらなるネットワークを引き寄せるからだ。実際、芸術家がキャリア初期にステータスの高い美術館に出展すると、長期に渡って成功が繰り返されることがわかっている。

だからこそ、バラバシはネットワークを「成功を目的地とした目に見えない地形」に例え、その地形を把握することが重要だと指摘している。

例えばアートの世界では、MOMAなどのステータスの高い美術館に作品を出展することが成功の鍵だった。一方、キャリア初期に凡庸な美術館に出展してしまうとジリ貧のまま浮上できない。であれば、MOMAに近づく最短経路を見つけたいわけだが、地理的に近いはずのニューヨークにある小さなギャラリーがMOMAとつながりをもっているとは限らない。もし、東京のギャラリーがMOMAと同じネットワークを共有しているとすれば、無名の芸術家は地理的に近いニューヨークで活動するよりも、東京で活動したほうがよいといえる。

さて、ここまでが『ザ・フォーミュラ』で記されている第1法則「パフォーマンスが成功を促す。パフォーマンスが測定できない時には、ネットワークが成功を促す」と、第2法則「パフォーマンスには上限があるが、成功には上限がない」だ。

すべての法則を紹介したいところだが、それはぜひ『ザ・フォーミュラ』を直接手にとって確認してほしい。

4: なぜバラバシは科学の世界におけるイノヴェイターなのか?

バラバシの研究成果は当然ながら成功の科学だけではない。いくつもの革新的研究があるため、彼の成果の全貌を説明するだけで1冊の本になってしまう。

なお、学術界では論文が引用された回数を論文のパフォーマンスとみなすことが多いが、Google Scholar(グーグル・スカラー)で調べると、彼の最も引用された論文の被引用数は3万を超えている。1000回引用される論文が全体の0.03パーセントしか存在しないことを考えると、3万という数字がいかにすさまじいかがわかるだろう。

加えて、バラバシの特筆すべき点は、彼の研究室から多数の若きスター研究者を輩出していることだ。国家レヴェルのイノヴェイションを研究しているセザー・ヒダルゴ(MIT)、チームサイエンスの分野を牽引するダシュン・ウォン(ノースウェスタン大学)、モビリティ研究の第一人者であるマルタ・ゴンザレス(UCバークレー)などだ。

彼/彼女らは、ネットワーク科学を活用しているという点で共通しているが、活躍分野はまったく異なる。これは極めて異例のことだ。通常、弟子は師と同じ分野で活動することが多いからである。バラバシは優れた研究とともに優れた研究者を多分野に渡って輩出できる正真正銘のイノヴェイターといえる。

ここで疑問が起こる。何がバラバシをイノヴェイターたらしめているのか? ものの見方そのものが特別なのだろうか。バラバシ自身が実践している成功の法則は何なのか。

アルバート=ラズロ・バラバシ|ALBERT-LÁSZLÓ BARABÁSI
ボストンの名門ノースイースタン大学ネットワーク科学部門教授で、同学の複雑ネットワーク研究所所長。ハーヴァード・メディカル・スクールや、ハンガリーの中央ヨーロッパ大学でも教鞭を執る。ルーマニア出身のハンガリー人でアメリカ国籍ももつ。著書に15カ国に翻訳されて世界的ベストセラーとなった『新ネットワーク思考──世界のしくみを読み解く』
『バースト! ──人間行動を支配するパターン』(ともにNHK出版刊)など。現在もっとも多く引用される研究者のひとりであり、欧米で多くのアカデミックな賞を受賞している。©PICTORIAL COLLECTIVE

ボストンの名門ノースイースタン大学ネットワーク科学部門教授で、同学の複雑ネットワーク研究所所長。ハーヴァード・メディカル・スクールや、ハンガリーの中央ヨーロッパ大学でも教鞭を執る。ルーマニア出身のハンガリー人でアメリカ国籍ももつ。著書に15カ国に翻訳されて世界的ベストセラーとなった『新ネットワーク思考──世界のしくみを読み解く』

ぼくたちはまず、彼の研究体制が気になっていたので、どのような基準で研究メンバー(大学院生やポスドク)を選定しているのかについて訊いてみた。バラバシを求めて世界中から人が集まってくるとすれば、優秀な人材を選び放題であるはずだ。

すると彼は即答で、われわれの予想を裏切る答えを返してきた。「それは、自立していることと(Independent)、善き人であること(Be nice)のふたつだ」

「自立している人」とはどういうことか。それは、自身が独自の研究テーマをもっており、たとえ師がいなくとも自分自身で研究を進めることができる人だ。自立していない場合、ともすると「世界のバラバシが言うのだから間違いない」と単なる下請けになってしまう。バラバシという強力な師がいても、自分を貫けるスタンスがある人が、バラバシの守備範囲を超えた分野で科学的発見を行なえる。結果、多分野に渡って優秀な研究者が輩出されていくのだろう。

もうひとつの「善き人」とはどういうことか。これは、他人の利点を積極的に見つけられることや、批判よりも建設的なアドバイスを行なうこと、相手を積極的に助けることなど、人間として善良であるということだ。バラバシは、たとえ極めて優秀であっても、人間として善良でなければ、その人を研究グループには招き入れないという。こうした人は、バラバシが慎重に醸成してきたポジティヴな研究室の雰囲気をいとも簡単に壊してしまう。

そういえばと思い返してみると、ぼくたちは何度かバラバシの弟子と会話をする機会に恵まれたが、たしかに全員とびきりに善い人だった記憶しかない。例えば、MITのヒダルゴが来日した際、ぼくたちの論文にコメントを求めたときのことだ。ほとんど面識がないにもかかわらず、彼は誠心誠意、ぼくたちに有用なコメントをくれたのが印象的だった。

続いては単刀直入に「なぜあなたは研究の生産性が高いのか?」と訊いてみた。彼は笑いながら「自分でも科学者全体の論文生産性を調べてみたけど、ぼくの生産性は決して高くはない」と、またしても予想を裏切る返答をした。彼は続けて「僕らは論文を出すこと(Productivity)を重視していない。誰も挑戦していない未踏テーマで科学的発見をすること(Discovery)を重視している」と答えた。

学術界では論文数を高める仕組みが強く埋め込まれている。論文数は大学ランキングを左右するうえ、論文の生産性が研究者の報酬や職位を約束してくれる。科学的発見を軽視するわけではないにしても、論文を最優先にすることに疑問を挟む余地はない。

一方で、バラバシは通常とは真逆のスタンスといってよい。科学的発見のために、論文が出ることを我慢強く何年でも待てるという。しかもバラバシの場合、単なる科学的発見ではなく、誰も挑戦していない未踏のテーマにおける科学的発見をターゲットにしている。

図にするとこうだ。論文の生産性を高めるためには、ほどほどに成熟したテーマを選ぶことが有効である。分野として成長余地があるため、一定のオーディエンス規模があり、どのように研究を評価すればよいかも定まっているからだ。

一方で、バラバシは、未成熟のテーマに飛び込んでいくため、オーディエンスもいなければ、研究をどのように評価してよいかも定まっていない。だからこそ、論文を出すという点では不利になってしまう。

出展:バラバシへのインタビューをもとに筆者作成

バラバシの研究スタンスは茨の道にも見えるが、話をよく聞くと、極めて合理的であることが分かる。バラバシらが行なう研究テーマ初期は、誰も挑戦していない未踏のテーマであるがゆえに、学会で発表しても誰も注目しないという。しかし、学会発表を重ね時間が経過していくごとに、オーディエンスが増えてくる。一定規模のオーディエンスが集まったときが、バラバシたちの科学的発見が受け入れられる素地が整ったサインだ。

このタイミングではじめて論文として成果を出すのである。既にイノヴェイターとしてバラバシの研究グループが先行しているため、誰も追いつけない。つまり、彼は、科学的発見と論文を区別しており、学会発表のオーディエンス規模を論文創出タイミングの市場調査としているのである。

もちろん、大胆にリスクを取れる背景には、バラバシに圧倒的実績があり、余計な外圧がないからだと考えるのが普通である。しかし、もともと実績に関係なく、バラバシは自分の信念のためにリスクを積極的にとっていく人生を歩んできた。

ルーマニア生まれハンガリー育ちのバラバシは、英語もままならぬまま物理への情熱を胸にアメリカへと渡った。博士号取得後、彼はネットワーク科学の大いなる可能性を直感したため、当時の大学院生とともに取り掛かっていた研究テーマをすべて捨て、新たな道へと突き進んだ。過去の知の蓄積がものをいう学術会でこれまでの分野を捨てて新たな分野へ移行することは並大抵のことではない。未踏のテーマに挑戦することは、彼の人生そのものなのだ。

4: バラバシが開くあらたな未来の扉は何か?

ここで気になるのが、バラバシは今後どのようなテーマに取り組んでいくのかという点だろう。インタビューの最後に、いまもっとも熱中しているテーマは何かを訊いてみた。彼の答えは、成功の科学に関係する「起業」と「失敗」、そして未踏分野としての「脳」と「食」だった。

1. 起業

「起業」はビジネスのイノヴェイションを通じて経済や社会を進化させる原動力であるとともに、個人の立場からみれば巨万の富を集める手段でもある。経済・経営分野を中心に既に多数の研究蓄積がある分野だが、富と密接に結びついてる「成功」を語るうえで、起業というテーマは避けて通れない。バラバシはスポーツや学術、アートや本など、多様な分野を扱ってきたが、ここにまだ加わっていない重要なピースが起業というわけだ。現在、バラバシの研究チームは、世界中すべての起業に関わる過去から現在に至る膨大なデータを収集しているという。

2. 失敗

成功を語るうえで避けて通れないのが「失敗」だ。ごく一部の成功の背後には、大量の失敗が存在する。限られた成功者も幾重の失敗を乗り越えている。そもそも人類は失敗から学習することで進化してきた。「失敗の科学」は実に大きな研究テーマなのである。既にバラバシの弟子たちが失敗の科学に取り組んでおり、一定の研究成果が得られているという。『ザ・フォーミュラ』にその内容を加えることもできたが、弟子の成果を横取りしたくないという理由であえて掲載しなかったとのことだ。

3. 脳

かつての脳科学は、左脳や右脳に代表されるように、脳の特定部位と機能を結びつけて研究してきた。一方、近年では、脳や脳神経の各所がシステムとして特定の機能を果たしている可能性から、脳科学もネットワーク科学の知見を応用できる分野のひとつとなっている。バラバシらはネットワークの視点から機能を理解するという発想を超え、いかにしてネットワークの視点から機能を「コントロールできるか」という発想で研究を行なっている点に独創性がある。

4. 食

ネットワーク科学者が最重要研究テーマとして「食」を掲げることは意外かもしれない。料理のレシピに使われる食材をネットワークとして捉えることができるため、食も彼の射程範囲なのである。

とはいえ、なぜ「食」なのか? それは人類の課題である健康問題を解決する手段となりうるからだ。例えば心臓病は、もともと備わっている遺伝的要素よりも、生活習慣の方が強く関係している。その生活習慣に直接作用し、われわれがコントロール可能なものが「食」というわけだ。

バラバシはネットワーク科学を活用した新薬発見のフレームワークを開発するとともに、バイオヴェンチャーも自ら起ち上げている。食も薬と同様に体内の化学反応を呼び起こすものだとすると、これまでのバラバシの研究アプローチを食にも応用できる可能性がある。

このほかにも進行中の研究プロジェクトの概要がバラバシのウェブサイトに記載されているので、是非閲覧してみてほしい。彼の壮大な構想の一端をうかがい知ることができる。

バラバシは自身のキャリアの理想として、浮世絵画家「葛飾北斎」の生き様をイメージしているという。北斎は人生の晩年にさしかかってもなお傑作を生み出し続けたことで知られる存在だ。もっとも著名な作品「富嶽三十六景」は彼が72歳のときに描かれたものである。

北斎は極めて例外的な存在に思われるかもしれないが、実はそんなことはない。成功は「運」の要素も強いため、人間はアウトプットし続けている限り、年齢に関係なく社会に大きなインパクトを出せる可能性がある。この法則もバラバシらが発見したものだ。『ザ・フォーミュラ』の最後に記された法則は「不屈の精神があれば、成功はいつでもやってくる」である。この法則を胸に刻んだバラバシは今後もイノヴェイターとして新しい扉を開け、われわれの世界の見方を大きく変えてくれるに違いない。


●なぜ業績は成功の必要条件であり、十分条件ではないのか?
●なぜ専門家たちはあなたに誤った評価を下すのか?
●何歳までに、成功を収めるべきなのか?
●成功を収めるためにどんなチームをつくればよいか?
●人脈を最も効率良く活用する方法とは?

膨大なデータから導き出された”成功者のパターン”とは? 世界をリードする理論物理学者による全米ベストセラー。待望の日本語版、ついに登場! 膨大なデータと最先端の分析システムを駆使し、これまでつかめなかった「パフォーマンス」と「成功」の関連を解明し、成功を裏づける科学的・数学的法則を紹介する。

本書は「自己啓発(セルフヘルプ)」本ではない。「科学が助ける(サイエンスヘルプ)」本だ。(本文より)


TEXT BY SUSUMU NAGAYAMA AND YOSHIKI ISHIKAWA

SPECIAL THANKS TO ALBERT-LÁSZLÓ BARABÁSI, MASAHIRO KAZAMA, SHO IZUMO, TAKANORI NISHIDA