止まらない半導体不足の悪循環は、こうして起きている

深刻な半導体不足が止まらない。スマートフォンやPCの心臓部である高性能なチップのみならず、自動車や家電製品、ネットワーク機器などに用いられるICやセンサーまで、部品不足の影響は拡大する一方だ。こうした悪循環の背景には、実はさまざまな要因が絡んでいる。
半導体不足の本当の原因は?止まらない悪循環はこうして起きている

半導体産業は技術の進歩の最先端を走っている。それなのに、なぜ世界を動かすだけの十分な数のチップを生産できないのだろうか?

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による混乱が始まって2年が経過しようとするなか、スマートフォンやノートPCなどの無数の製品の心臓部にあたるコンピューターチップの深刻な不足が、世界経済全体のメーカーに影響を与え続けている。

自動車メーカーではここ数カ月、自動車の生産台数が足りず、販売台数が減少し、生産停止を余儀なくされている。チップ不足はさらに、ゲーム機やネットワーク機器、医療機器などにかかわる業界にも影響を与えている。10月にはアップルが業績悪化の原因にチップ不足を挙げ、インテルはチップ不足が2023年まで続く可能性が高いと警告している。


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要するに、半導体のサプライチェーンが拡大し、しかもその拡大の仕方が新しく、根深く、解決が困難なのである。特に広く普及している基本的なチップは、チップメーカーが対応できるペースを超えて需要が急増している。このようなチップは需要の変動が大きく、投資リスクが高い。

半導体業界を調査しているIC Insightsの市場調査担当ヴァイスプレジデントのブライアン・マタスは、次のように語る。「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の期間中に世界経済が停滞したあと、サプライチェーンが回復するまでこれほど長い時間がかかった点は驚くべきことです」

想定外の需要拡大

理由のひとつには、需要が予期しないほど拡大していることが挙げられる。COVID-19がこれまでのビジネスを一変し始めた2020年、チップ業界はすでに好転を期待していた。米半導体工業会によると、2019年の世界のチップ売上高は12%減少している。だが、それも2020年には5.9%、2021年には6.3%伸びると同団体は2019年12月に予測していた。

実際に最新の数字を見てみると、2020年8月から21年8月の間に売上高が29.7%増加している。需要を牽引しているのは、クラウドコンピューティングや5Gなどのテクノロジーに加え、自動車から家電製品まで、あらゆる製品で使用が拡大している半導体チップである。

一方で、スマートフォンやネットワーク機器の大手メーカーであるファーウェイ(華為技術)などの中国企業に対して米国が課した制裁措置がきっかけで、一部の中国企業は供給されたチップをできるだけ多くため込み始めた。

ハーヴァード・ビジネス・スクールの教授で、インテルの取締役を務めたこともあるデヴィッド・ヨフィーによると、リモートワークやロックダウンによる退屈、電子商取引への移行をきっかけとしたハイテク製品への需要の急増は、多くの人にとって予想外の出来事だったという。

ヨフィーによると、チップメーカーは1年ほど前まで持続的な需要の高まりを認識していなかったという。だが、チップメーカーは急に舵を切ることはできない。工場の新設には何十億ドルもの費用がかかり、建設して設備を整えるには何年もかかるからだ。「新しい工場の建設には2年ほどかかります。そして、工場はさらに大きく、さらに高価で、さらに複雑になってきています」とヨフィーは言う。

シンプルなICも足りない

こうしたなかソニーと世界最大のチップ受託生産メーカーである台湾積体電路製造(TSMC)は、70億ドルを投資して旧式のチップを生産できる工場を建設すると発表したが、チップの生産開始は24年末になるという。インテルもいくつかの最先端の工場の新設に投資しているものの、それらが稼働し始めるのは24年だ。

最先端のチップ生産に必要な極紫外線リソグラフィ装置を製造しているのはオランダのASMLの1社のみであり、しかもASMLは需要を満たすだけのスピードで装置をつくれないと、ヨフィーは指摘する。

もうひとつの問題は、すべてのチップが同じようにはつくられていないということだ。主に電力制御用IC(集積回路)、マイクロコントローラー、センサーなどの単純な部品が足かせとなっている。


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これらのデヴァイスは、スマートフォンやゲーム機に搭載されているCPUやGPUに比べるとはるかにシンプルで、複雑さを必要としない古い製造方式で作られている。ところが、電子レンジや医療機器、玩具など、あらゆる電子機器に搭載されているのだ。

電子部品の購入者と販売者をマッチングするSourceabilityのヴァイスプレジデントのジョシュ・プッチは、多くの製品に使われている電力制御用ICは、かつて1ドルだったものが、いまでは150ドルで販売されていると指摘する。

またIC Insightsによると、電力制御用ICのリードタイムは4〜8週間から24〜52週間に伸びているという。これらのデヴァイスが不足していることから、入手困難な旧式チップ製造装置の需要が高まっているのだ。

一部顧客の「二重発注」という問題

ガートナーは、19年第2四半期に76.5%だった半導体ファウンドリーの稼働率が、21年第2四半期には95.6%になったと推定している。同社アナリストのガウラフ・グプタによると、メンテナンスのために多少のダウンタイムが必要であることを踏まえれば、これは実質的に工場の稼働率が上限に達していることを意味するのだという。

チップメーカーのGlobalFoundriesのCEOのトム・コールフィールドは今年10月、同社のチップが23年分まで完売していると発言している。最も需要の高い部品のいくつかを製造しているアナログ・デバイセズの最高財務責任者(CFO)は8月、当時の受注残が翌年度分(今年10月以降)にまで及んでいると投資家に説明していた。

一部の顧客が「二重発注」している可能性がある点も、チップメーカーの課題になっている。つまり、供給が途絶えた場合に備えて必要以上の部品を購入することで、将来の需要予測が歪められているのだ。製造業とグローバルサプライチェーンを研究するハーヴァード大学教授のウィリー・シーは、「二重発注による一時的な品不足が事態を悪化させています」と指摘する。

アナリストによると、チップは利益率が低いことや、需要が急増したあとで急激に減少する周期性があることから、チップを製造する企業が新しい工場への投資に消極的になっている可能性があるという。これらの企業は将来的にチップが供給過剰になり、価格が低下することを懸念しているのだ。

「半導体産業の歴史を振り返ると、収益性や価格の急上昇のあとには壮大な下降局面があります」と、ハーヴァード・ビジネス・スクールのヨフィーは言う。「わからないのは、この継続的な需要の増加が今後も続くかどうかです」

コロナ禍は「過去の出来事」ではない

チップの生産能力を新たに増強する動きは盛んだが、そのほとんどは最先端のチップに使われるだろう。ガートナーが1月に発表したレポートでは、チップメーカーは今年、19年に比べて50%増の1,460億ドルを新規設備に投資すると予測している。しかし、より一般的に使用される旧式のチップが占める割合はわずかである。

理論的には、最先端のチップのための生産能力を増やば、一部の工場に旧式チップを製造する余裕が生まれるはずだが、需要が供給を上回っている場合はそうはいかない。Sourceabilityのプッチによると、各社は最近になって旧式チップの生産能力増強のための投資を始めたが、それは顧客に2年間の発注を約束させてからのことだったという。

台湾の水不足やテキサス州の異常気象といった問題が生産に影響を与えている様子からも、チップやそれを生産するサプライチェーンへの負担は明らかである。「これらの影響を吸収するために必要な2〜3週間分の在庫の余裕がまったくないのです」とプッチは言う。

ペンシルヴェニア大学ウォートン・ビジネス・スクール教授のガッド・アロンは、次のように語る。「わたしたちはCOVID-19について過去の出来事のように話しています。しかし、サプライチェーンの現状から見るに、COVID-19は過去の出来事などではありません」


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コロナ禍で深刻な半導体不足が続くなか、ロシアによるウクライナ侵攻がさらなる火種になる可能性が出てきた。ロシア軍の攻撃を受けた主要都市を拠点とする企業が、半導体製造に欠かせないネオンガスの主要な供給元だからだ。ガスの生産や輸出が滞ることになれば、半導体不足に拍車がかかる可能性も指摘されている。

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TEXT BY WILL KNIGHT