ラクダとおもちゃのアヒル

From The Joel on Software Translation Project

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Joel Spolsky / 青木靖 訳
2004年12月15日 水曜


あなたは最新の写真アルバムソフトをリリースしたばかりだ。あるメカニズムを使い、あなたは人々にそのソフトウェアのことをどうにか知らせることができた(その方法は読者に宿題として残す)。あなたは人気のあるブログをやっているのかもしれないし、あるいはウォルト・モスバーグがウォールストリートジャーナルで激賞するレビューを書いてくれたのかもしれない。

あなたの次なる大きな疑問は、「このソフトの値段をいくらにしたらいいんだろう?」ということだ。専門家に聞いてみても、どうもわからないようだ。価格付けというのは暗くて深い謎なんだ、と彼らは言う。ソフトウェア会社が犯す最大の間違いは、あまりに安くして十分な収入が得られず、ビジネスから脱落するというものだ。それよりもさらに大きな間違いは、そう、最大の間違いよりももっと大きな間違いは、値段を高くしすぎて十分な数の顧客が得られず、ビジネスから脱落するというものだ。ビジネスから脱落するというのがまずいのは、みんな職を失うことになり、ウォルマートの出迎えの係をして最低賃金で働き、一日中ポリエステルの制服を着る羽目になるからだ。

だから綿でできた服を着ていたいと思うなら、価格付けはちゃんとやることだ。

その答えはとても込み入っている。私はちょっとした経済理論からはじめて、その理論を少し破り、そうして終える頃には、あなたは価格付けについてたくさんのことを知ることになるが、それでもあなたは相変わらずソフトをいくらにしたらいいのかわからないだろう。価格付けの特性というのはそういうものなのだ。こんなの読んでいる暇がないのなら、何も考えずあなたのソフトに0.05ドルの値段を付ければいい。ただしバグトラッキングソフトなら30,000,000ドルにすること。

えーと、どこらから話すんだっけ?


経済理論を少しばかり

今、仮にあなたのソフトが199ドルだとする。なぜ199ドルかって? それはね、どっかからはじめなきゃいけないからだ。この後すぐ別な値段も試してみる。今のところは、あなたのソフトは199ドルで、250人の顧客がいることにしておこう。

グラフにすると:

DemandCurve1.PNG

この小さな図が表しているのは、あなたがソフトを199ドルにすると250人が買うということだ。(見ての通り、経済学者というのは変な連中だ。売れる本数をX軸にし、価格をY軸にしている。250人が買ったなら、それは199ドルなはずだというのだ!)

あなたが値段を249ドルに上げたとしたらどうなるか?

ある人たちは199ドルなら払ってもいいが、249ドルは高すぎると思い、ドロップアウトする。

199ドルでも買わなかった人たちは、もっと高い値段ではまず買わない。

199ドルで250人が買ったなら、同じものを249ドルで買う人は250人より少ないはずだ。それを200人ということにしよう。

DemandCurve2.PNG

では、もっと安くしたらどうなるか? たとえば149ドルにしたら? 199ドルで買った人たちは、149ドルでも買うだろうし、149ドルなら買ってもいいと思う人はたぶんもっと多いはずだ。だから149ドルでは325本売れるとしておこう。

DemandCurve3.PNG

こういう具合に続けていく。

DemandCurve4.PNG

いくつかの離散的な点をグラフにするかわりに、それらの点を含む曲線を描いてみることにしよう。同時に点のX軸上の間隔もスケールに合わせておく。

DemandCurve5.PNG

これで50ドルと400ドルの間の任意の価格について、その価格でソフトウェアを買う人の数がわかるようになった。私たちが今手にしたのは、古典的な需要曲線で、需要曲線というのは常に右肩下がりになる。それは値段を高くすればするほど、そのソフトウェアを買おうと思う人は少なくなるからだ。

ここで挙げた数字はもちろん実際のものではない。ここまでの話であなたにわかってもらいたいのは、需要曲線は右肩下がりだということだ。

Cournot.PNG

(本数は価格の関数であってその逆ではないのに、X軸が本数でY軸が価格になっているのがまだ気になっているなら、文句はオーギュスタン・クールノーに言ってほしい。彼も今ではブログを持っているだろうから。)

そうすると値段はいくらにしたらいいだろうか?

「えーと、50ドルだ。一番たくさん売れるもの!」

だめだめ。本数を最大化しようとするのではなく、収益を最大化するのだ。

収益を計算してみることにしよう。

あなたの売るソフトウェア1本につき、追加で35ドルのコストがかかるものとする。

そもそもそのソフトウェアを開発するのに25万ドルかかっていたかもしれないが、それはサンクコストだ。それのことはもう考えないことにしよう。あなたが1000本売ろうと0本売ろうと、この25万ドルは変わらないのだ。サンク、お別れだ。どんな値段をつけようとも、25万ドルは去ってしまったのであり、もはや関係がないのだ。

今の時点で私たちが気にかけているのは、1本売るごとに追加で発生するコストだ。これには、発送とか事務処理とか、あるいはテクニカルサポートや銀行の手数料、CDの複製と包装、その他諸々が含まれる。ここでは大ざっぱに追加コストには35ドルという値を使うことにする。

ここでVisicalcのかっこいいコピー製品を取り出そう。

Profit jp.PNG

このスプレッドシートの見方を説明しよう。それぞれの行はシナリオを表している。行3は、もし値段を399ドルにしたなら、12本が売れ、1本あたり364ドルの利益が出て、トータルでは4368ドルの利益になる、ということだ。

どうやら何かにたどり着いたようだ!

これはほんとにクールだ。私たちはソフトウェア価格付け問題の解を、今まさに見出そうとしているところだ。すごく興奮するね!

私がこんなに興奮している理由は、価格に対する利益をプロットしていけば、真ん中に大きなこぶのある素敵な曲線が得られるからだ! そして私たちはそのこぶが何を意味しているのかわかっている! こぶは極大点を意味するのだ! あるいはラクダを意味することもある。でも今の場合は極大点だ!

ProfitCurve.PNG

このグラフでは、実際のデータは小さな青いダイヤで記してあり、その上に多項式近似曲線をExcelに描かせた。あとやらなきゃならないのは、こぶの頂上からまっすぐ線を下ろして、収益を最大化するために付けるべき値段を見つけ出すということだ。

MaxProfit.PNG


「嗚呼ゆるばしき日かな! 億歳! 兆歳!」*1 笑みが漏れる。私たちは最適な220ドルという価格を見出したのだ。これがあなたのソフトウェアに付けるべき値段だ。時間を取って頂き、どうもありがとう。

*1 訳注:『鏡の国のアリス』に出てくるナンセンス詩からの引用(山形浩生訳)

ゴホン。

時間を取って頂き、どうもありがとう! もう見せるものはないよ! さあ行った行った!

行かないわけだね。

わかった。

観察力の鋭い読者の中には、Webブラウザのスクロールバーの位置の注意深い分析から、私が「220ドル」以外にも何か言うことがあると気付いた人もいるようだ。

そうさね。さっきはちょっと言い残していたことがある。聞きたいなら今話してあげてもいい。聞くかい? よし!

見たとおり、価格を220ドルに設定し、どうにかソフトを233本売ると、総利益は43,105ドルになる。これは大変結構だ。しかし何か引っかかるところがある。もっと高い値段でも買っていた人たち、あの399ドル払うつもりでいた高貴なる12人の人たちから、他の人たちと同じ220ドルしか取っていないのだ!

この399ドルと220ドルの差、つまり179ドルは消費者余剰と呼ばれている。これはお金持ちの消費者たちが購入によって余分に得る価値であり、彼らはそれがなくとも気にはしなかったのだ。

それは言ってみればこういうことだ。あなたは例のメリノウールセーターの新作を買うことにして、70ドルくらいはするだろうと思い、それくらい出してもいいと思っていたが、バナナリパブリックに行ってみたら、セールで50ドルしかしなかったのだ! あなたはバナナリパブリックに喜んであげるつもりでいた20ドルを手にしたことになる!

ワオ!

これは良き資本家氏を悩ませることになる。なんてこった、そのお金が別になくてもいいんだったら、ねぇ、私にくれ! 私ならそれを有効に使って、SUVとかコンドミニアムとか自家用機とかヨットとか、資本家が買うものを何か買うから!

エコノミストのジャーゴンを使うと、資本家は「消費者余剰を掴もう」とするのだ。

それをやってみることにしよう。一律220ドル取る代りに、顧客のそれぞれに金持ちなのか貧しいのか聞いてみて、金持ちと答えたら349ドル、貧しいと答えたら220ドル取ることにしよう。

すると儲けはどうなるだろうか? Excelを見てみよう:

Segment2 jp.PNG

売る本数は前と同じ233本だが、349ドル以上でも喜んで払う金持ちの顧客42人には349ドル払ってもらっていることに注意してほしい。そして私たちの利益は43Kドルから48Kドルに上がっている! すばらしい!

その消費者余剰ってやつをもう少しくれ!

待って、まだ全部というわけじゃない。あの233本を売った後、99ドルしか払えない人たちのことが心に引っかかった。あの人たちに99ドルで売れば、幾分かのお金にはなる。限界コストは35ドルしかかからないからだ。

220ドルではいらないと言った人たちに、99ドルで買わないかと電話で持ちかけたらどうだろう?

99ドルで買う潜在顧客は450人いるが、233人はすでに正規の値段で買っているので、残りの217人が正規の値段では買わない追加の顧客ということになる。

Segment3 jp.PNG

おお、バスケットの中の幼きモーセよ。私たちは62Kドルの利益を手に入れた! 可処分所得が2万ドル増えた。あなたが目を付けていたあのフィッシングボートの頭金にできるよ。これがセグメント化の力だ。セグメント化というのは、顧客を払える金額によってグループ分けすることによって、それぞれの顧客から最大限の消費者余剰を引き出すことだ。聖なるセグメント、バットマンよ。もしそれぞれの顧客から支払える最大価格を教えてもらい、その値段で売ることができたなら、どれくらい儲けられるだろう?

Segment4 jp.PNG

シュールだ! 80Kドル近くになった! 価格が1つだったときに比べて、利益がほとんど2倍になっている! 消費者余剰を掴むというのは、明らかに大きな利益をもたらす。たった49ドルしか払わない煩わしい350人の人たちでさえ、利益に貢献するのだ。これらの顧客はみんな満足していて、それは私たちが彼らの払うつもりのある金額しか求めていないからだ。私たちは誰からも搾取しているわけではないのだ。たぶん。

以下に挙げるセグメント化の例は、おそらくあなたにも馴染みがあると思う。

  • 高齢者へのディスカウント。お年寄りは一般に「固定収入」で暮らしており、労働年齢の人に比べて払える額が小さい。
  • 平日昼間の映画料金の割引(職を持たない人にだけ意味がある)。
  • 乗客の払っている値段がみんな違っているように見える奇妙な航空料金。航空料金の秘密は、ビジネスクラスを使う人たちは会社に払ってもらうのでチケットの値段をほとんど気にしていないが、余暇に旅行する人たちは自腹なので高すぎるチケットは買わないということだ。
もちろん航空会社は仕事でのご旅行ですかと単に尋ねるわけにはいかない。人々はすぐ気付いて、料金を安くしようと嘘をつくようになるからだ。しかし仕事で出張する人はほとんどの場合平日に移動し、週末に家から離れているのを嫌う。だから航空会社は土曜の夜をまたぐ場合にはたぶん仕事の出張ではないという前提で、土曜の夜をまたぐ場合は航空料金を安くするというポリシーを設定するのだ。

もっと微妙なセグメント化もある。新聞に入っている食料雑貨店のクーポンがあるよね? 切り取って忘れずに店に持って行けば、タイドの洗剤が25セント引きになるというやつだ。食料雑貨クーポンの問題は、切り取って、分類し、どれを使うか覚えておき、持っているクーポンに合わせて商品のブランドを選び、と言う具合に、多量の手作業が必要になることだ。そしてクーポンで節約できる金額を考えれば、これはあなたが時給7ドルで働いているようなものだ。

あなたが退職者で年金で暮らしているのなら、1時間7ドルというのは悪くないと思えるだろう。だからそうする。しかしあなたがメリルリンチの証券アナリストで、クズみたいなネット企業について結構なことを言って年1200万ドル稼いでいるなら、時給7ドルで働くというのは冗談みたいな話だ。だからあなたはクーポンを切り取ったりしない。1時間あれば、クズのネット企業を10社ばかり「買い」だと推奨できる! クーポンというのは消費者向け製品を売る企業にとって、2つの異なる価格をつけてマーケットを2つにセグメント分けする方法なのだ。郵便による払い戻しというのもクーポンとほとんど同じ効果があるが、これはもうひとひねりされていて、企業はあなたの住所を把握することができ、あなたは将来ダイレクトマーケティングの対象になる可能性がある。

セグメント化には別な方法もある。製品を複数のブランド名でマーケティングし(オールドネイビーとGAPとバナナリパブリック)、金持ちの人たちがバナナリパブリックで買い、貧しい人たちはオールドネイビーで買ってくれることを当てにするのだ。人々が間違った店に行くリスクがある場合、バナナリパブリックの店舗は200万ドルのコンドミニアムがいっぱいある近所に作られる一方、オールドネイビーの店舗は駅の近くに作られ、一日の重労働のあとニュージャージーに帰る疲れた貧しい人々を引っ張り込むのだ。

ソフトウェアの世界では、「プロフェッショナル」版と呼ばれるバージョンを作り、別なバージョンは「ホーム」版と呼んで、取るに足らない違いをつけて売るという方法がある。「Windows XP Home Edition」を仕事で使うことなど考えられない企業の購買担当者(これもまた、自分の金を使っているのでない人々だ)がプロ版を買ってくれるのを当てにするのだ。仕事にホームエディションだって? パジャマで出社するみたいだ! オェッ!

セグメント化のアイデアを試してみるつもりなら、一部のユーザにプレミアム価格で売るよりも、ある種のユーザにディスカウント価格を提示するほうがいい。誰だってふっかけられたくはない。59ドルの製品を79ドルで買うよりは、199ドルの製品を99ドルで買う方をみんな選ぶ。理論的には人は合理的なものであり、79ドルは99ドルよりも安いのだが、現実には、彼らはぼったくられるのを嫌う。ペテンにかけられたように思うよりは、バーゲンで買ったと思うほうがいいのだ。

ともかく

これはまだ簡単な部分だ。

難しい部分は、私が今言ったことはすべて、ある意味間違っているということだ。

このセグメント化のビジネスについて、私がやったことを逆から見てみるとどうだろう? 人のことをひどい扱いをしているってことだ。人々は公正な価格を支払っているのだと感じたいものだ。クーポンコードのタネを見破れるほど賢くないというだけの理由で余計に支払わされているとは思いたくない。航空産業というのはセグメント化に関してきわめて上手くやっており、文字通り飛行機に乗るひとりひとりに異なる価格を課している。結果として、ほとんどの人は自分がベストな取引をしていないと感じており、航空会社を嫌っている。新しい低価格の航空会社(サウスウェストやジェットブルーなど)が現れれば、顧客はこれまでずっとポケットを探られ続けていた従来の航空会社に対してこれっぽっちも忠誠心を持たない。

そしてアルファブロガーがあなたのプレミアム価格のプリンタが、スピード抑制フラグをオンにされた安物のプリンタと同じものだと暴くことになる。

だからセグメント化は「消費者余剰を掴む」ツールとして有用であるにしても、製品の長期的なイメージに対してはネガティブな結果をもたらすことになる。たくさんの小さなソフトウェアベンダが、クーポンやディスカウントや複数バージョンや階層を付けるのをやめたときに、収入が増加し、価格に文句を言う顧客が少なくなるのを経験している。顧客というのは、100ドルのところを79ドルで手に入れたけど78ドルで買った人もいる、というのよりは、みんな100ドル払っているときに100ドル払うという方を好ましく思う。GMは付け値は正当でバーゲンの必要はないという原則に基づいて、Saturnという自動車会社をまるまる作ったくらいだ。

露骨な価格差別によって長期的には顧客の忠誠心が下がることに喜んで対処するつもりなのだとしても、セグメント化は簡単にやってのけられることではない。第一に、顧客があなたのしていることに気付いたなら、彼らは自分が何者なのかについて嘘をつくようになる。

  • 頻繁に出張するビジネスマンは、チケットに土曜の夜を2重に含めるようになる。たとえば、ピッツバーグに住んでいて月曜から木曜までシアトルで仕事しているコンサルタントは、ピッツバーグからシアトルへの2週間の旅行と、その間の週末に家にもどる旅行を手配する。どちらの旅行も土曜の夜を含むため、もともと乗るはずだったのと同じフライトがずっと安くなる。
  • アカデミック割引があるって? わずかでも学校に関係した人と少しでも知り合いな人は皆それを使い始める。
  • 顧客同士が話をできる場合、顧客は他の人が提示されている価格を知るようになり、あなたはみんなに最低価格を提示しなければならなくなる。大企業の購買担当者の場合は特にそうだ。金持ちの顧客を代表している彼らは理論的には「最大の支払い可能価格」を持っている。しかし企業にはフルタイムの購買部門があって、そのスタッフの仕事は値段を下げるということにつきる。この人たちはカンファレンスに行き、どうすれば最良の価格で買えるかを知るのだ。彼らは一日中鏡の前で「いや、もっと安く」と言う練習をしている。あなたのセールス・ガイには塵ほどのチャンスもない。

少しばかり賢すぎるソフトウェア会社が行っているセグメント化には2つの形態がある。そのどちらもあまりいいアイデアではない。


まずいアイデア1: サイトライセンス

これは実際にはセグメント化の逆だ。私の競合でこれをやっているところが何社かある。彼らは小規模の顧客にはユーザごとに課金するが、固定料金での「無制限」ライセンスを用意している。これはいかれたやり方で、最高額を喜んで出す大きな顧客に対して最大の割引をしているのだ。あなたは本当に従業員40万のIBMにソフトウェアを2千ドルで売りたいの? ねぇ?

「無制限」ライセンスを持つようになるとすぐ、最も価格感度の低い顧客に対して大きな消費者余剰をプレゼントすることになる。彼らはあなたのビジネスにとって金のなる木だったはずなのに。


まずいアイデア2: 「いくら持ってるの?」価格付け

これは元Oracleのセールスマンが起こしたソフトウェア会社がよくやるもので、彼らのWebサイトのどこにも価格について書かれていない。価格をいくら探しても、見つかるのは何かの理由で名前と住所と電話番号とFax番号を入れさせようとするフォームばかりで、彼らが何かをFaxしてくることは決してない。

ここでの戦略が、セールスマンに電話させてあなたがいくら払うつもりがあるか探らせる、というものであるのは明らかだ。そして彼らはその額だけ課すのだ。完璧なセグメント化だ!

これもあんまり上手く機能しない。第一に、ローエンドの買い手は立ち去ってしまう。彼らは価格が書かれていないならきっと高くて買えないだろうと思うのだ。第2に、セールスマンに追い回されるのを嫌う人も立ち去ってしまう。

さらに悪いことに、価格は交渉可能であるというメッセージを送るやいなや、逆のセグメント化を受けることになる。理由はこうだ。本来は最大のお金を喜んで払うはずの大企業は、購入に関して非常に熟練している。彼らはあなたのセールスガイやセールスギャルがコミッションで働いていることに気付く。そして彼らに四半期ごとのノルマがあることを知っており、四半期の終わり近くには、セールスパーソンもソフト会社も売ろうと必死になっていることを知っている(セールスパーソンはコミッションを得るため、会社の方はVCやウォールストリートに膝を打ち抜かれないため)。だから大企業顧客は四半期の最後の日まで待って、ばかみたいに安い値段で契約を結ぶのだ。それでも奇妙な会計トリックによって、ソフト会社は彼らが実際には決して得ることのない多くの収入を計上できる。

だからサイトライセンスを作るのも、話しながら価格をでっちあげるのも、よしておいたほうがいい。

だけど待って!

あなたは本当に収益を最大化したいの? もう少しはっきりさせよう。あなたは必ずしも今月の収益の最大化を気にかける必要はない。あなたが本当に気にかけているのは長期間に渡る、将来の収益全体の最大化だ。専門的な言い方をすると、あなたは将来の収入の流れ全体のNPVを最大化したいのだ(現金準備がゼロ以下にならない限りで)。


わき道: NPVとは何か?

今日の100ドルと1年後の100ドルはどちらが価値があるだろうか?
明らかに今日の100ドルだ。あなたはそれを、たとえば債権に投資して、1年後には102.25ドルにできるかもしれない。
だから1年後の100ドルを今日の100ドルと比較するためには、100ドルを何らかの利率で割り引く必要がある。たとえば利率が2.25%であるなら、1年後の100ドルは97.80ドルに割り引く必要があり、これは1年後の100ドルの正味現在価値(NPV)と呼ばれている。
さらに将来に進むと、さらに割り引く必要がある。今日の利率においては、5年後の100ドルは今日の84ドルの価値しかない。84ドルは5年後の100ドルの正味現在価値だ。


次のどっちがいいと思う?


選択肢1

今後3年間に5000ドル、6000ドル、7000ドルを受け取る。


選択肢2

今後3年間に4000ドル、6000ドル、10000ドルを受け取る。


将来価値を割り引いた後でも選択肢2の方が上手い話に聞こえる。2番目の選択肢を選べば、1年目に1000ドル投資して2年後に3000ドル得るようなもので、これはかなりいい投資だ!

こんな話を持ち出した理由は、ソフトウェアが無料、安価、高価の3つの方法で価格付けされるという話をするためだ。

  1. 無料。オープンソースそのほか。今の議論とは関係がない。ここに見るべきものはないので先に進もう
  2. 安価(10ドル~1,000ドル)。低価格で非常に多くの人々に、セールスマンなしで売られる。コンシューマ向けパッケージソフトやスモールビジネスソフトはこのカテゴリに入る。
  3. 高価(75,000ドル~1,000,000ドル)。口の上手いセールスパーソンのチームを使い、金持ちの大企業に対して売られる。1件の販売のために6ヶ月にわたる熱心なPowerPointプレゼンが行われる。これはOracleモデルだ。

この3つの方法のどれも良く機能する。

ギャップがあるのに気付いただろうか? 1,000ドルと75,000ドルの間の価格帯のソフトウェアというのは存在しないのだ。理由を説明しよう。1,000ドルを超える価格を付けたとたん、企業の厳格な承認プロセスが要求されるようになる。予算上にそのための項目が必要になる。購買部長とCEOの承認と、競争入札と、ペーパーワークが必要になる。だからあなたは顧客の元にセールスパーソンを送り込んでPowerPointプレゼンをさせ、彼の航空料金と、ゴルフコースの会員権と、リッツカールトンの19.95ドルのポルノビデオ代が必要になる。こういったものすべてによって、1件のセールスを成功させるために、平均で50,000ドルかかることになる。顧客の元にセールスパーソンを送り込んで75,000ドル以下しか取らないなら、赤字になってしまうのだ。

これの冗談みたいなところは、大企業は高い買い物をするリスクを防ごうとして、実際にはコストを高く、1,000ドルから75,000ドルに引き上げているということだ。これはどんな購入も間違い得ないようにするために彼らの設定したたくさんのハードルを飛び越えるためのコストなのだ。

Fog CreekのWebサイトをちょっと見てもらえば、私が2番目のグループに属しているのがわかるだろう。なぜそうしているのか? ソフトウェアを低価格で売れば、何千という顧客をすぐに得られる。小さな顧客も、大きな顧客もいる。それらの顧客はみんな、私のソフトウェアを使い、友達に勧めている。これらの顧客企業が成長するときには、ライセンスをもっとたくさん買ってくれる。これらの顧客のところで働いていた人々が別な会社に移るときには、彼らは新しい会社で私のソフトウェアを推奨してくれる。私は低価格を受け入れる代りに、草の根のサポートを作り出すことができる。FogBugzの低い価格を、私は広告への投資とみなしており、それは長い目で見れば何倍にもなって返ってくるのだ。これまでのところ、これはとてもうまくいっている。FogBugzの売り上げは3年に渡って100%以上成長している。これはマーケティングによってではなく、口コミと既存の顧客が追加ライセンスを買うことによってなのだ。

これと比較して、BEAを見てみよう。大会社。大きな値札。価格だけ取り上げても、ほとんど誰も彼らの製品を経験しないだろうことがわかる。大学を出てドットコムをはじめる人間の誰もBEAのテクノロジーを使わない。それは大学で使うにはBEAのテクノロジーは高すぎるからだ。たくさんの優れたテクノロジーが、高すぎる価格のために自らを葬り去った。Apple WebObjectsはアプリケーションサーバとして見当はずれだったが、それは最低でも50,000ドルしたからだ。それが優れたものか誰が気にするだろう? 誰も使わないというのに! Rationalの作るものもみんなそうだ。これらの製品がユーザの手に渡る唯一の方法は、高価な売込みプロセスによってだ。これらの価格により、売込みは技術者でなく経営陣に対して行われることになる。技術者は優れたセールスが行われるまずいテクノロジーに抵抗を示すだろうが、経営陣は技術者にのどから無理に飲み込ませる。10万ドル以上の投資の後、実際に使えるほど良い製品でないためにただ棚にしまい込まれているRemedyやRationalやMercuryの高価な製品を持っているFogBugzの顧客がたくさんいる。彼らは2,000ドル分のFogBugzを買い、彼らが実際使っているのはそっちの方なのだ。Rationalのセールスパーソンは私を嘲笑したが、それは私の得るのが2000ドルなのに対し、彼の方は10万ドル手にしているからだ。しかし私は彼よりもはるかに多くの顧客を持ち、彼らはみな私の製品を使い、布教し、広めている。一方でRationalの顧客は、(a)使っていないか、(b)使っているが耐え難く思っている。しかし依然として彼は40フィートのヨットの上から私をあざ笑っており、私はというと風呂場でアヒルのおもちゃで遊んでいる。前に言った通り、3つの方法はいずれも機能するのだ。しかし安い価格は広告を買っているようなもので、それは将来への投資なのだ。

OK。

何の話をしていたんだっけ?

そうだ、口から泡を吹き始める前、私は需要曲線を導くロジックのあら探しをしていたんだ。私が需要曲線の説明をしていたとき、あなたはこういう疑問を持ったと思う。「人々がどれだけ払うつもりがあるかはどうしたらわかるんだ?」

その通り。

そこが問題なのだ。

あなたは需要曲線がどんなものになるのか本当に知ることはできないのだ。

フォーカスグループをやって、人々に聞くことはできるが、彼らは本当のことを言わない。ある人たちは太っ腹なところを見せようとして嘘をつく。「ニューヨーク・ミニットに出てきたジーンズをオレなら400ドルで買うよ」。他の人たちはあなたの製品を本当に欲しがっていて、低い価格を言えばあなたが値段を安く設定するだろうと思って嘘をつく。「ブログソフトウェアかい? まあ38セントがいいとこだね」

そしてあなたが次の日別なフォーカスグループに聞いたなら、今度は最初に口を切った男がグループの中にいるきれいな子に一目惚れしていて、彼女の気を引こうと自分の車がいかに高価かという話をし、それを聞くとみんな大きな額を考えるようになる。次の日、休憩時間にあなたがスターバックスコーヒーをみんなに振る舞って、あなたがトイレに行っている間、みんなはあなたの知らない所でコーヒー代に4ドル払った方がいいかという相談をしていて、その後でソフトウェアにどれくらい払うつもりがあるか聞かれると、すごくつましいムードになっている。

最終的にはフォーカスグループはあなたのソフトは月25ドル払う価値があるということで意見がまとまるが、恒久的なライセンスならいくら払うか聞いてみると、同じ人たちが100ドル以上は1ペンスだって出そうと思わない。みんなほんとに数を数えられないらしい。

あるいは航空機のデザイナにいくらなら払うか聞いてみると、彼らは99ドルが上限だろうと考えているが、航空機デザイナが普段使っているソフトウェアは月3000ドルのオーダーのコストがかかっていることには気付いてもおらず、それは購入しているのが別な人間だからだ。

こういう具合に、何かにいくら払うつもりがあるか人に聞くと、あなたは毎回ぜんぜん違った答えを聞くことになる。本当のところを言うと、人があるものにどれだけ払うか知る唯一の方法は、それを売りに出して、実際どれだけの人が買うか見るということなのだ。

あなたは価格感受性を測るために価格をいじり回して、需要曲線を導こうと試みることもできるが、あなたのユーザが100万くらいになるまでは顧客Aが顧客Bはもっと安い価格を提示されていることに気付かないとは確信できず、統計的に意味のあるレスポンスは得られないのだ。

多数の人間を対象とした実験も高校でやった化学の実験と同じようなものだと思いがちだが、人間の集団を対象とした実験を試みたことのある人なら誰でも、得られる結果は変動が大きくて再現不能であり、実験結果について自信を持っていられる唯一の方法は同じ実験を2度繰り返さないことだと知っている。

その上、実際のところ需要曲線が右肩下がりであることすら確かなことではないのだ。

需要曲線が右肩下がりであると仮定したのは、単に「フレディがあるスニーカーを130ドルで買うなら、彼は間違いなく同じスニーカーを20ドルでも買うだろう」というような議論によってだ。いいよね? ハッ! フレディがアメリカのティーンエージャーでなけりゃあね! アメリカのティーンエージャーは死んでも20ドルのスニーカーなんて履かない。それは言ってみれば、死刑宣告されるようなものだ。たった20ドルのスニーカーを履いているって? 学校でかい?

別に冗談を言っているわけじゃない。価格というのはシグナルを送ることになるのだ。私の町で映画はたぶん11ドルくらいする。びっくりするね。かつては3ドルの映画館があったものだ。そこへ行く人はいたのだろうか? そうは思わない。そこがクソ映画のゴミ捨て場なことが明らかだからだ。20ドルのセメント製のスニーカーを履いてイーストリバーの底に沈んでいる人がいるが、それはどの映画がひどい出来か消費者に教えようとしたからだ。

人々は払っただけの価値のものが手に入ると信じている。この前たくさんのハードディスクが必要になったとき、私はポルシェ氏自身によってデザインされたと噂される安いハードディスクを買ったが、それはギガバイトあたり1ドルだった。購入した4台とも6ヶ月以内に壊れた。先週それをギガバイトあたり4ドルするSeagate Cheetah SCSIドライブに替えた。このディスクは私が4年前にFog Creekをはじめたとき以来まったく故障したことがないからだ。「安物買いの銭失い」とチョークで書いておこう。

実際に安物買いの銭失いとなる例はあまりにたくさんあり、情報を持たない消費者は一般に高いものほど優れていると考える。コーヒーメーカーを買うの? 本当にいいコーヒーメーカーがほしいの? だったら2つの選択肢がある。図書館に行ってコンシューマーレポートを見つけるか、あるいはウィリアム・ソノマに行って一番高いコーヒーメーカーを買うかだ。

あなたが価格を設定するとき、あなたはシグナルを送っているのだ。競合ソフトウェアの価格が100ドルから500ドルの範囲にあり、あなたが自分は中間を行きたいと思って自分のソフトを300ドルで売ることにしたら、あなたは顧客にどんなメッセージを送ることになると思う? あなたは彼らに、自分のソフトは大したものじゃない、と言っているのだ。もっといいアイデアがある。1350ドルにするのだ。そうすると顧客は「あれはとびきり上等に違いない。連中はあんなに高い値を付けてるんだから!」と考えるのだ。

そして彼らは会社のクレジットカードの上限が500ドルなために買わない。

まいった。

価格付けについて学ぶほど、あなたはわからなくなっていく。

私はこのトピックについて5000語以上を費やしておしゃべりしてきたが、私たちはどこへもたどり着いていないように感じる。

いつか価格が法律で決められて、タクシードライバーになるのより簡単に思えるようになるかもしれない。あるいは砂糖を売るのより。古き良き砂糖だ。ああ、あまいに違いない。

20ページくらい前に私の言ったアドバイスに従って、あなたのソフトウェアは0.05ドルにするといい。ただしバグトラッキングソフトなら30,000,000ドルに変えること。時間を取ってくれてありがとう。これを読み始める前よりもソフトウェアの価格付けができなくなった状態で放り出すのを心苦しく思っているよ。


(オリジナル: Camels and Rubber Duckies)

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