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名古屋ウィメンズマラソン注目選手 小原怜 2度の五輪代表次点など苦しい経験が初優勝につながるか?

寺田辰朗陸上競技ライター
(写真:築田 純/アフロスポーツ)

五輪代表の前田が身近にいるから頑張れる

 東京五輪代表を決めるMGC(19年9月開催の東京五輪最重要選考会。代表2枠が決定した)で、小原怜(天満屋・30)は2位と4秒差の3位でフィニッシュした。後輩の前田穂南(天満屋・24)が優勝し、今回の名古屋ウィメンズマラソンは欠場することになった鈴木亜由子(JP日本郵政グループ・29)が2位。小原はわずか5秒先にあった五輪代表切符をつかみ取ることができず、代表候補選手(従来の補欠選手)という立場に甘んじた。

 リオ五輪代選考会の16年名古屋ウィメンズでも、代表入りした田中智美(第一生命グループ)に1秒差で敗れ次点に泣いた。天満屋が4大会続けていたマラソン五輪代表も途切れることに。初マラソンの15年名古屋では転倒に巻き込まれるなど、不運というより“悲運”のイメージがつきまとう。

 小原のマラソン全成績は以下の通りである。

 今の小原も代表候補選手という、中途半端な立場である。それでも名古屋ウィメンズマラソン前々日の会見で、小原は「オリンピック代表候補選手の責任を果たすレースをします」と言い切った。

「その責任があるから頑張って来られました。同じチームの前田と一緒に生活したり、練習したりしてきましたが、オリンピックに向けての強い意思を間近で見て、すごく刺激を受けています。東京五輪を走れるかどうかはわかりませんが、精一杯の準備をするのが自分の責任です」

 小原の真摯な気持ちが伝わってくるコメントだったが、1つだけ異議を唱えさせてもらいたい。小原は五輪代表候補という立場や前田の存在を、“頑張るための理由にしただけ”だと個人的には感じられる。

 故障にもかなりの頻度で見舞われているが、しばらくたてば快走を見せてきた。マラソンでも転倒に巻き込まれた初マラソン以外は、練習が万全でなくても大崩れしていない。

 00年シドニー五輪の山口衛里(現コーチ)以降、前田を含め5人のマラソン五輪代表を輩出してきた天満屋チーム。スタッフたちからは小原の練習に注文が多く出るが、ここまで長期間活躍できているのは、小原がどんな状況でも頑張ることができる選手だからだろう。

第1集団で行かない可能性も

 小原は期待と不安が同居する選手である。「能力は高いが、安定して練習を続けられない」というのが武冨豊監督の評価で、小原自身もその点は理解している。会見でも次のようにコメントしていた。

「浮き沈みが激しいところが自分の悪いところだと思っています」

 重要なポイント練習(負荷が高い練習で週に2~3回行う)はできるが、それ以外の練習の質が落ちる。そこをもう少し高いレベルで行うことができれば、レース結果も必ずもう一段階上がる。武冨監督も山口コーチもそう見ている。

 天満屋で育った代表選手たちは、そこができていた。ポイント練習以外の練習や、日常生活での小さな努力を積み重ねてトップレベルに駆け上がった。小原は天満屋歴代の代表選手たちと比べてもスピードは高い。武冨監督はメンタル面の弱さを指摘するが、持久系にハードな練習は続けられないタイプなのかもしれない。

 今回も仕上がり具合が何パーセントか? という質問には「答えにくいです」と明言しなかった。目標は「自己記録の更新」だという。16年名古屋で出した2時間23分20秒だが、先頭集団が2時間20分台を目指す(5km毎16分40秒前後の)ペースになるなら、第2集団で走る可能性もある。

「リオ五輪選考(16年名古屋)のときは(5km毎)17分前後を維持して2時間23分台でした。狙うのはそのあたり」と武冨監督。山口コーチも「最終的に決めるのは本人。スタートして自分の状態を判断する」と言っている。

 自分以上の練習ができた前田でさえ、日本記録へ挑戦した1月の大阪国際女子マラソンで2時間23分30秒にとどまった。そして自身の今が100%と言い切れない。小原がやろうとしているのは、「いつでも自己記録前後では走れますよ」とアピールすること。そう思って間違いなさそうだ。

30歳で”化ける”可能性もある選手

 その一方で、小原がワンランク上の走りをする可能性もないわけではない。会見で、びわ湖マラソン(2月28日)で日本人初の2時間4分台をマークした鈴木健吾(富士通・25)について質問されると、「自分の中でも常識にとらわれないことが大切」と答えた。自身の可能性に蓋はしていない。

 だからといって、天満屋のスタイルとは別の道を進もうとしているわけではない。小原の弱さを理解し、時には厳しい言葉でアドバイスしてくれるスタッフがいてくれて初めて成長できる。その認識はしっかり持っている。

 2位(日本人トップ)となった19年大阪国際女子マラソンでの、レース後の小原の言葉が印象に残っている。

「私は弱い人間なんです、と監督に言ったことがあったのですが、『弱くない人間なんていない』と監督がおっしゃってくれたんです。そこを乗りこえていかないといけないんだ、と思いました」

 今回のマラソンは自己記録が目標だが、練習は「安定度がこの1~2カ月で出てきている」と武冨監督は言い、山口コーチも「私がコーチになってからでは一番できた」と同意する。山口コーチは小原の課題を「スイッチが入るかどうか」だと説明した。

 リオ五輪選考会だった16年名古屋は、35km地点では田中に11秒離されていたが、そこから追い着き火の出るようなデッドヒートに持ち込んだ。MGCでも35kmでは鈴木亜由子と39秒差があったが、フィニッシュでは4秒差まで追い上げた。

 小原はペースが上がったときに無理に対応せず、リズムを立て直してから追い上げることが多いからだろう。そこがもう少し反応速度を上げられれば、あと少しで負けてきた勝負に勝つことができる。

 予想されている2時間20分ペースに序盤から対応することは難しいかもしれないが、2時間23分ペースで走れば中盤までトップを視界にとらえて走ることができる。会見では「色々経験してきたこと、やってきたことには意味があるはず」と、自身のここまでを肯定的にも話した。トップを行く選手の脚勢が鈍っていると見れば、勝負に出るだろう。

 山口コーチは「一度勝つことができれば変われると思う」と期待する。天満屋歴代の代表選手たちとは少し違ったプロセスになるし、年齢も30歳を過ぎている。それでも小原が、“大化け”したとしても驚くことではない。今回の名古屋でそれが実現するのか、実現への第一歩を記すのか。代表候補選手の走りに徹しながらも、飛躍のチャンスを探りながらの走りになる。

陸上競技ライター

陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の“深い”情報を紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことが多い。地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。同じ取材機会は二度とない、と自身を戒めるが、ユーモアを忘れないことが取材の集中力につながるとも考えている。

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