Andrew Kelly/Reuters
イーロン・マスクによる440億ドル(約5兆7000億円。1ドル=130円換算)のTwitter買収はまだ成立していないが、この世界一の富豪はすでにダメージを受けている。
ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、4月14日の買収提案発表以来、マスクの推定純資産は2510億ドル(約32兆6300億円)から2100億ドル(約27兆3000億円)へと16.3%減少した。テスラのCEOであるマスクがTwitterへの入札を開始してから、同社の株価が29%下落したことが要因だ。マスクの財産のほとんどは、この電気自動車メーカーの株式で構成されている。
マスクは怖気づいたのか、「ユーザーの5%未満がボットであることをTwitterが証明できない限り、この買収は保留だ」とツイートしている。また買収の再価格設定について、会議中マスクが「あり得ないことではない」と発言したとも報じられた。
マスクは、技術売却にともない株価が下落したTwitterをさらに安値で買収するためにスパムボット問題を利用しようとしているのかもしれない。または、この取引を完全に放棄しようとしている可能性もある。
しかし、この交渉戦術が成功したとしても、彼のテスラ株の多くは数十億ドルの信用貸しにより縛られることになる。彼が買収から手を引くことを決めたとしても、Twitterがこの買収に決着をつけるために、または数十億ドルの損害賠償を求めるために、マスクを訴える可能性がある。
世界一の富豪であってもリスク甚大
マスクは自身のリスクを減らすためにいくつかの方策をとったが、それでもまだ信用貸付にかかる数億ドルの債務処理費用や、300億ドル(約3兆9000億円)近いエクイティ部分の調達をする必要がある。
モルガン・スタンレーはマスクの代理として、買収資金とTwitterの債務の一部を借り換えるための465億ドル(約6兆円)の資金調達を1週間足らずで手配した。4月21日に発表された当初の計画では、債務保証が255億ドル(約3兆3150円)相当(125億ドル〔約1兆6250億円〕のテスラ株担保分を含む)、マスクによるエクイティ部分が210億ドル(約2兆7300億円)となっていた。
マスクはその後、ビリオネアのラリー・エリソン(Larry Ellison)やサウジアラビア王子といった投資家からさらに71億ドル(約9230億円)を調達することで、信用貸付を62億5000万ドル(約8100億円)に減らし、株式部分は272億5000万ドル(約3兆5400億円)まで増やした。こうすることで、彼自身のエクスポージャーを減らしたのだ。
しかしいくら世界一の富豪といえども、この融資は彼が有する純資産のかなりの部分を占めることになる。
誓約書の条件には、マスクの担保額は信用貸付額の5倍相当でなければならないと規定されている。つまり、62億5000万ドル(約8100億円)の融資を確保するには、312億5000万ドル(約4兆円)相当のテスラ株を担保に入れる必要がある。5月18日の株価709.81ドルで考えると、1億6300万株のうち4分の1強である4400万株を担保に入れる必要があるということになる。
信用貸付の金利は、3%にプラスして、3カ月のSOFR(担保付翌日物調達金利:比較的新しく不安定な基準金利で、現在0.29%前後)またはゼロのどちらか高い方を加えたものだ。
ブルームバーグは、マスクが信用貸付を完全になくせるよう、さらに多くの外部投資家を探していると報じている。しかしその場合、14%もの高金利になる。
さらにマスクは210億ドル(約2兆7300億円)のエクイティ部分の調達もしなければならない。マスクは4月下旬に約90億ドル(約1兆1700億円)相当のテスラ株を売却しているため、約半分はこれで補える計算だ。
しかし、出資者が見つからなければ、さらに融資を受ける必要がある。テスラのインサイダー取引規制により、融資を受けるには少なくとも融資額の4倍の価値がある株式を担保にしなければならない。
テスラ株が下落を続ければ資産差し押さえも?
信用貸付の担保となる株式が質権設定時から40%下落した場合、マスクは担保不足を解消するため、貸し手に現金を払うか、株式を売却しなければならない。ブルームバーグによると、株価が420ドル(約5万4600円)まで下がるとマージンコールが発動されるという。
フォーチュン誌が報じているように、マスクが個人保証を行う場合は、融資を強化するために他の株式など、その他の担保を設定することはできない。また、担保に入れた株式を売却しても返済できない際は、貸し手はその他の資産(例えば、非公開の航空宇宙企業であるスペースXの株式など)を差し押さえる可能性がある。
マスクがテスラ株を売却すれば、その株価はさらに下落する可能性がある。借り手が株の売却を選択すれば(またはそうすることを余儀なくされれば)、マージンコールによって株主が損害を受ける可能性がある。
これに当てはまる例を挙げると、2012年にグリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズ(Green Mountain Coffee Roasters)の株価が急落した際、同社のロバート・スティラー(Robert Stiller)会長はドイツ銀行のマージンコールにより500万株を売却しなければならなくなった。スティラーは、ブラックアウト期間中(投資家が投資計画を変更できない期間)に株式を売却したことを理由に会長職を解任されている。
Twitter買収から手を引けば違約金10億ドル
10月24日までに一方の当事者が計画を破棄した場合、もう一方の当事者は2営業日以内に10億ドル(約1300億円)の違約金を受け取る権利がある。
マスクが「Twitterは偽アカウント数を偽っていた」と主張して違約金の支払いから逃れようとする可能性もあるが、Insiderの取材に応じた複数の弁護士が「この主張は通用しないだろう」と語っている。マスクは偽アカウントを排除することがTwitterを買収する理由であると何度も言及しているため、この問題を知らなかったという主張は信憑性に欠ける。
Twitterは株主に宛てた声明で「合意された価格と条件のもと、可能な限り迅速にディールを完了することを約束する」と述べており、違約金には満足しないという考えを示している。
ターター・クリンスキー&ドロジン(Tarter Krinsky & Drogin)のパートナーであるロバート・ハイム(Robert Heim)弁護士はInsiderの取材に対し、「Twitterの取締役会は、マスクのように見せかけの行動をとっている可能性がある」と語る。より大きな訴訟に踏み切るより、販売価格の引き下げや損害賠償について和解に達する可能性が高いだろう。
前出のハイム弁護士は、「これは取締役会による交渉戦術ではないかと疑わざるを得ない。本当は会社を購入したいと思っていない人に誰が会社を売りたいと思うだろうか」と疑問を呈する。
契約上では、Twitterがマスクの「故意の違反」を突き止めない限り、損害賠償額の上限は10億ドル(約1300億円)となっている。賠償額は数十億ドルになる可能性もあるが、その場合はTwitter側に大きな立証責任が課せられる。
買収契約署名後に公の場でこのディールを躊躇すれば、証券取引委員会はこれを注視するだろう。マスクは2018年にテスラ株の非公開化についてツイートし、4000万ドル(約52億円)の罰金を支払う羽目になったことがある。
「マスクは、テスラやTwitterの株価を操作していると非難されないよう、自身の行動によくよく気をつける必要があります」とハイムは釘を刺した。
(編集・常盤亜由子)