2012.06.04
# ライフ

佐々木俊尚×牧野洋「『当事者の時代』とジャーナリズム」対談 最終回「アリアナ・ハフィントンがもっとも誇りに思っていることは何か」

佐々木: 少しビジネスの話を伺いたいのですが、アメリカではマスメディアがNPO化していくという流れが徐々に出てきていますよね。あれは「新聞なき時代」において、従来の権力監視や調査報道といったものを完全にカバーするものとして、今後一定の圏域を確保することになるんでしょうか?

牧野: 私自身の感触で言うと、実験の域を出ていないですね。プロパブリカが唯一気を吐いて、ピューリッツァー賞を2年連続で受賞したりはしていますが、現状を見る限りプロパブリカはどちらかというと例外ですね。

 民主主義とジャーナリズムの関係でいちばん重要なのはローカル・リポーティングで、市や区といったレベルの行政が何をやっているのかをチェックすることです。新聞がどんどん消えていくなかで、その穴埋めをするものとしてNPOがいくつか誕生しています。とはいえ、新聞が消えていくペースとNPOが誕生するペースを比較すると、前者のほうが早いんじゃないかな、という気がするわけです。

佐々木: NPOは経営として成り立っているんですか? プロパブリカって、なんであんなに資金が潤沢なんですかね。

牧野: あれはハーバート・サンドラーという銀行経営で巨富を成した人が、世の中のためにということで、サンドラー財団から毎年毎年日本円換算で10億円近く寄付し続ける形でスタートしたんです。だから、あそこで書かれた記事はタダで他メディアに提供するのが基本方針。

 お金を稼ぐというのではなくて、取材した成果を既存メディアに掲載してもらって世の中に広めることが重要だということでやっているんです。ビジネスモデルとしてはどこまで通用するものなのか。私はほかにカリフォルニア州サンディエゴの小さなNPOもいくつか取材しましたが、タダで配るという形でビジネスモデルが成り立つところは少ないです。プロパブリカと違い、何らかの形で掲載料を取るビジネスモデルが多いです。

佐々木: でも、お金をもらって記事を書くというやり方だと、ビジネスとして成り立たせるのは相当たいへんですよね。

牧野: そうですね。まあ、慈善事業家や慈善財団からお金をもらっていてもそれが未来永劫続くわけではないので、やはり自律的に回っていくシステムを構築しなくてはなりませんね。

佐々木: 大学がお金を出しているNPOもありましたね。

牧野: ジャーナリズムの危機に対応して大学もイニシアチブを取らなければならないという議論も盛んです。ニューヨークにあるコロンビア大学のジャーナリズム・スクールも、ピューリッツァー時代の古い新聞ニューヨーク・ワールドを復刊させて、それを土台にして「アカウンタビリティ・ジャーナリズム」を実践しようとしています。ニューヨークのローカル・リポーティングを強化しようという狙いです。

 また、これはもコラムに書きましたが、南カリフォルニア大学が主導権を握って、カリフォルニアの地域医療問題について取材する報道機関を立ち上げています。いろいろ試行錯誤しているということですね。新聞廃刊のペースには追い付かないにしても、どうにかしなければならないということで動きが出ているという状況です。

佐々木: 広告収益というのは、あまり主軸にはならないんですか?

牧野: 広告モデルもやろうとしてはいますよね。ただ、ここは賛否両論があって、調査報道的なジャーナリズムにはなかなか広告がつかないという見方もあります。実際、広告を期待できないからNPOにしたという調査報道ネットメディアにも取材しました。

 企業も含めて是々非々で報道するのが調査報道であるわけですから、調査報道に対して企業は積極的に広告を出さないという理屈です。アメリカのNPO報道機関は新メディアの実験場みたいな位置づけですね。

佐々木: アメリカは日本と違って、どちらかというと国土が広くて地域コミュニティが分散して多数存在しているという特異性があるわけですよね。そうすると、町ごとにある程度その町のなかだけの情報をキチンと扱うことによって、メディアが成り立つということはあり得るのかな、と。

 そこは日本のほうが地方が等質化しているというか、たとえば、小田原市だけでメディアが成り立つかというと無理ですよね。横浜とか川崎など、他のところと一体化しているわけですから。そうすると、どうしてもマスメディア的なビジネスにならざるを得ないという部分があるんじゃないか、そうすると今度は、そんな大きなものは維持できないよね、ということになる。

 それと、もう一つの問題としては、この本でもお書きになっていますが、寄付税制の問題がある。元々寄付文化がないというのが日本では大きいと思いますが。

牧野: おっしゃる通りです。税制が整備されていないというだけではなく、そういう文化的な土壌が違います。

佐々木: お金持ちがあまりいないということもあって、一人で10億円も出してくれる人はあまりいない。そうするとNPOで成り立たせる調査報道チームというのは、日本ではものとくに考えにくいかな、という感触はありますね。

牧野: そこはなかなかアメリカのモデルを参考にできなかったりしますよね。そうするとなおさら日本の問題は深刻です。

佐々木: 一方で、アメリカほどは新聞社が潰れていないので、衰退してダメになった新聞社が細々と生き長らえていく。他方では、ネットからはそれに代わるものが出てこない。そうすると、われわれはボロいものを抱えながら生きていくしかないという、身も蓋もない結論に達するんですけど・・・。

牧野: 結局、若いジャーナリストが希望をなくしていく、と。

ハフィントン・ポストに見る可能性

佐々木: だから、古いモデルは一回潰れたほうがいいんじゃないかと僕も思うんです。まったく新しいビジネスができればいいんじゃないかと思うんです。そこに期待感はすごくあるんですよ。

 たとえば、調査報道のようなものは、相当専門性が高いし取材力も必要だから誰でもできるわけではありませんが、日本のメディアの現状ではまだそこまで話は進んでいない。もうちょっと前段階で、ネット世論みたいなものもあるわけですね。

 たとえば、TPPのような問題でも、マスメディアが論じているTPP論とは別にネットのなかでも盛んに論じられている。ひどい論ももちろんありますが、真っ当な論もたくさんあって、それなりに真っ当な議論が行われています。しかもそこに経済学者や専門家も参加しているわけで、その議論がどう行われているのかということが、ネットのそういう部分を知らない人には伝わっていない。

 しかもインターネットの世界はすごく広大なので、そういう議論がどこにあるのかはネットを使っている人でもよくわかっていない。だったらそのTPPの問題については、「ネットのこういうところで議論が起きていますよ」ということをもう少しマスメディア的に伝えるようなメディアが必要なんじゃないか、と思います。言ってみればハフィントン・ポスト(2005年に創始されたアメリカのリベラル系インターネット新聞)みたいなノリなんじゃないかと思うんですけれど。

牧野: 最近のネットメディアということでは、メルマガもネットメディアの一形態として日本で普及するんじゃないかという議論もあります。それを見ると私はハフィントン・ポストを思い出すんですね。

 ハフィントン・ポストがどういうふうに出てきたかというと、有力ブロガーを集めて立ち上がったんです。それこそ、大統領になる前のバラク・オバマをはじめ「ニュースメーカー」にブログへ寄稿してもらうことで知名度を高めたのです。

 当時のハフィントン・ポストのブロガーが現在の日本の有力メルマガの執筆陣と見なせるのではないかとも思います。人気メルマガ上位10位の書き手を集めて執筆陣としてネット新聞を作れば、当時のハフィントン・ポストに匹敵する影響力を出せるかもしれませんね。

佐々木: ネットメディアのある種の中心地というかポータルサイトというか、ハブになるような場所を用意すると、それで一歩先の状況に進むんじゃないかと思います。現状でまず間違いなくいえるのは、日本のいろいろな分野の決定権を持っているのは50代、60代のシニア層ですが、この人たちはネットのことをまったく知らないということです。

 デジタル・ディバイド(情報格差)が起きてしまっていて、その向こう側の話をまったく知らないので、彼らはテレビや新聞の世界のなかだけで閉じている。僕なんかがいる世界というのはどちらかというと、テレビや新聞は関係なくてネットのなかだけでやりとりしているんですが、そこで見えてくる視界はまったく違うものなんじゃないかと思います。

 そこをもう少しブリッジさせてつなぐ必要があるんじゃないか、とつくづく思うんですよね。

佐々木: ハフィントン・ポストの影響力ってどんな感じなんですか?

牧野: この前、AOLに買収されて、300億円近い高値が付きました。創業5年余りでこれだけのブランド価値を築いたメディア企業は異例といえます。それなりの影響力があるからこそでしょう。ホワイトハウスの記者会見でも大統領から質問者として同紙記者が指名されるほどです。

 同紙はブログサイトとして出発し、注目されましたが、SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化。検索エンジンの上位に表示されるようにWEBページを最適化する技術)の王者ともいわれてます。芸能ネタなども集めてグーグルの検索結果の上位に出るようにするのが得意というわけです。NPOではなく営利なのに経営的に成功したという点で同紙は注目すべき存在ですが、AOLに買収されたときに「もうけ優先でえげつない」などと辛口の批評を書くコラムニストもいました。

佐々木: やり方自体かなり批判があって、つまらないゴミみたいな記事を大量に掲載してSEOだけで読者を集めていて、リンクしているから行ってみるんだけれどつまらない記事ばかりで・・・。でもとりあえず踏んだことは踏んだからページヴューだけはどんどん高まっていく、という(笑)。

牧野: 比較論としていいますと、日本の新聞でも一面トップの記事を読みたいと思って買っている人はどれだけいるのか。ひょっとしたらテレビ欄や折込チラシで目当て買っている人のほうが多いんじゃないか。もしそうなら、SEOで読者を増やすハフィントン・ポストと同じではないのか。このようにも言えますよね。本来伝えたいことは別にあるんだけれど、儲けなければならないから商業主義的な部分も必要であるというわけです。

佐々木: まあ、とりあえず儲かればそれでいいじゃん、というのはあるわけですね(笑)。

牧野: そうですね。だからハフィントン・ポストの成功についてクリティカルに見る人も多いわけです。

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